東京国立博物館で開催された「本阿弥光悦の大宇宙」展。
チラシには「始めようか、天才観測」という何とも粋なキャッチコピーが添えられ、一度見たら忘れられない、おにぎりのように、こんもりとした形の硯箱のビジュアルが鎮座する。
刀剣の砥ぎや鑑定を家業とする本阿弥家に生まれた本阿弥光悦。その名前は書、陶芸(茶道)、漆器、謡本…様々な芸術・芸能の分野において耳にすることも多い。江戸初期における「美の総合プロデューサー」などとも称される光悦。
携わるジャンルが幅広く、また絵師や書家、陶芸家のように、自身の存在(作品)が前面に現れてくるような見え方をしてこなかったために、日本美術ファンにとっても「知っているようで実は知らなかったのでは…」と自問自答したくなるような存在だ。
本展はそんな光悦の芸術世界に真っ向から向き合った展覧会だ。
日蓮宗との関係に注目
本展の一番の特徴は、光悦の「日蓮宗への信仰心」という観点を非常に重視している点だろう。「謡本」「書」「光悦蒔絵」「作陶」など、それぞれの分野において、光悦の造形的特徴や美的感覚についてはこれまで多くの専門家たちが言及してきた。
しかし、本展ではそうした各分野で発揮させた美的センスや価値観の根底を築いたものとして、「日蓮宗への信仰心」に焦点を当てており、光悦が揮毫した寺の扁額や、日蓮の『立正安国論』を写した書など、これまでみる機会の少なかった作品・資料が展示されている。
光悦と俵屋宗達のコラボの傑作「鶴下絵和歌巻」全場面展示!!
本展は大きく「刀(=家業にまつわる刀剣)」「信(=日蓮宗との関係)」「漆(=光悦蒔絵)」「書(=光悦筆の手紙など)」「陶(=光悦茶碗)」で構成されており、各章で名品として名高い品々が展示されている。
なかでも注目が京都国立博物館が所蔵する「鶴下絵和歌巻」だ。俵屋宗達が下絵を描き、その上に光悦が和歌を認めた、まさに天才同士の合作なのだが、その絵巻の全場面を一度に展示しているのだ!
宗達とのコラボ作品の中でも特に「鶴下絵和歌巻」は、まるで現代のアニメーションの原型とも言われるように、水辺に降り立った鶴の群れが、さらに飛び立っていく様子が、まるで連続写真やアニメのセル画のように描かれている。横長の画面を右から左に勧めていくにつれて、鶴の群れ(あるいは1羽の鶴の連続した姿)が描かれ、様々に視点を変えて場面が展開していく。
光悦茶碗の傑作3碗の堂々たる展示
展覧会のラストを飾るのは、光悦の手による茶碗の数々。千利休が自身の美意識を投影させ、長次郎に作らせたことから始まる楽茶碗だが、その楽家と光悦の縁は深い。2代当主・常慶や3代当主・道入との交流が分かっており、光悦は楽家で自身が作った茶碗を焼いてもらい、楽家の当主らは、美の世界を縦横無尽に渡り歩く光悦のその自由な作陶に大いに影響を受ける。
そんな光悦茶碗を象徴するのが黒楽茶碗の3碗だろう。
三井記念美術館所蔵の「雨雲」、名古屋市博物館所蔵の「時雨」、楽美術館所蔵の「村雲」。
いずれも1つの展覧会のメイン作品となりうる、光悦茶碗を代表する逸品。その3碗が並んで展示される贅沢さよ。。。展覧会の最後の章である茶碗の展示室の中で、そのもっとも奥に、まるで仏像の「三尊像」のように静かに鎮座する3碗の厳かさ…まさに光悦の大宇宙の最奥部、ブラックホールのごとく鑑賞者たちを引き込んでいく。
この3碗、銘も似ていれば器の姿も似ているので、別々の展覧会で個別に見ただけだと、印象が同じになってしまうかもしれないが、こうやって3碗並んで見比べると、一見似ているようでもその景色は全然違うということがわかる。それぞれの茶碗の絶妙な違いをじっくりと観察できるまたとない機会だ。
ちなみに私の好みは、村雲、時雨、雨雲の順だ。カセた土肌の風合いと釉薬の艶のバランスが一番個の皆のが「村雲」、そしてザラザラとした土肌の面積が一番大きい「時雨」の何と厳しき佇まいか…。そして「雨雲」の乾いた心に水が染み込んでいくかのような、湿気を感じさせる景色の妙。
光悦なくして江戸時代の美術は始まらなかったのではないかと言っても過言ではないほどに大きな影響を与えた本阿弥光悦の芸術世界。
2024年は、天体観測もいいけれど、美の世界に壮大な宇宙を作り上げた一人の天才観測から初めてみてはいかがだろうか。
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※今年の大河ドラマ『光る君へ』の題字も担当した書家の根本知(ねもと・さとし)さんも、光悦の書について寄稿しています!(根本さんは書道家としてだけでなく、光悦の書の研究もされています)
おまけ
展覧会のミュージアムグッズでは、展覧会のメインビジュアルにもなった《舟橋蒔絵硯箱》のぬいぐるみが話題だが、個人的には《鶴下絵和歌巻》をイメージした折り紙と、筆ペンがおススメ。
能書家の光悦にあやかって、ぜひオリジナルの《鶴下絵和歌巻》を作ってみよう。(私も早速チャレンジしました!)
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