【レビュー】小川敦生『美術の経済』

本・漫画

近年よくアートオークションで「〇〇の作品が〇億円で落札!」というニュースを目にしますが、著名な芸術家の作品を買うのは富裕層で、一般の私たちには縁のない話として「ふーん、さすが〇〇だねー」と思って終わりにしていないですか?

私自身もオークションの落札のニュースを「凄い世界だな」と思って遠い出来事のように思っていました。そうした”価格”とは縁のないように思っている、美術館で展示されている作品もまた「経済」という枠組みの中で生まれ、”名画”となり、美術館、あるいは展覧会という「経済活動」の中で、巡り巡って私たちの目の前にあるのです。

この記事では、そうした普段の展覧会での鑑賞では意識することのない”お金”の話を分かりやすくまとめた本を紹介します。

小川敦生『美術の経済』

冒頭にも述べたように美術館に赴き、展覧会で作品を鑑賞する中ではあまり目の前の作品の”価格”を考える人はあまり多くはないでしょう。それもそのはずで、”価格”とはある品を”売る”時になって初めて”発生するので、基本的に作品を手放すつもりのない美術館のコレクション作品はプライスレス。

しかし、だからと言って「美術」が「経済」から独立している訳ではありません。むしろ私たちがプライスレスなものとして認識している名画自体も「経済」によって名画になっているのです。本書ではあらゆる切り口(事例)から、「美術」業界の中の「経済」、あるいは「美術」業界を形成する「経済」の関係を筆者の経験や取材から解説しています。

筆者プロフィール

小川敦生(おがわ・あつお)

多摩美術大学芸術学科教授、美術ジャーナリスト。1959年北九州市生まれ。東京大学文学部美術史学科卒業。日経BP社の音楽・美術分野の記者、『日経アート』誌編集長、日本経済新聞社文化部美術担当記者等を経て、2012年から現職。「芸術と経済」「音楽と美術」などの授業を担当。日本経済新聞本紙、朝日新聞社「論座」、ウェブマガジン「ONTOMO」など多数の媒体に寄稿。多摩美術大学で発行しているアート誌「Whooops!」の編集長を務めている。これまでの主な執筆記事は「パウル・クレー 色彩と線の交響楽」(日本経済新聞)、「絵になった音楽」(同)、「ピカソ作品の下層に見つかった新聞記事の謎」(日経ビジネスオンライン)、「ぐちゃぐちゃはエネルギーの塊〜マーラーと白髪一雄のカオス」(ONTOMO)など。主な編著書に『美術品を10倍長持ちさせる本』『日経アート・オークション・データ』など。日曜ヴァイオリニストおよびラクガキストを名乗る。
Twitterアカウントは@tsuao、Instagramアカウントはatsuoogawa

インプレスHPより引用:https://book.impress.co.jp/books/1119101024

内容

本書は下記の通り7章で構成されています。

  1. 1枚の絵画から見えてくる経済の成り立ち
  2. 浮世絵に見る商業アート
  3. 時代とともに変わる美術の価値観
  4. パトロンとしての美術館
  5. 贋作と鑑定
  6. 美術作品の流動性を支える仕組み
  7. これからの美術の経済

一口に「美術の経済」と言っても、章タイトルだけみても切り口が多いことが分かりますね。実際この各章ごとのテーマでそれぞれ専門書・解説書が出ています。そのため本書は、それぞれのテーマの専門書で詳細に語られていることのダイジェスト版と言ってもいいかもしれません。それぞれのテーマで既に発行されている本を全部読んでいくのは大変ですが、本書で「美術と経済」の関係をあらゆる角度で押さえることができます。

もちろん単に既に語られつくされた内容のダイジェスト版に終始せず、元新聞記者・雑誌編集長というキャリアの中で獲得した知見、経験も織り交ぜられているので、身近な事として感じられやすくなっています。

1章 1枚の絵画から見えてくる経済の成り立ち

かつては弟子の作されていた《サルバドール・ムンディ》がレオナルド・ダ・ヴィンチの真筆と判断され約510億円で落札された事例や、今や西洋美術を代表する画家の一人であるゴッホが生前中は1枚しか絵が売れなかったというエピソードなどから、1枚の絵に「名画」という価値がどのように付与されるのかが語られています。

よもつ
よもつ

印象的だったのは、江戸時代の御用絵師であった狩野探幽を”サラリーマン”と解釈し「国が芸術家を”芸術家”として雇う」点に注目したところ。芸術という概念自体は明治以降なので、厳密に今でいう”芸術家”の認識と御用絵師という制度をイコールにすると語弊がありますが、恒常的に給金を出すという点で御用絵師をサラリーマンと見做すのは目からウロコでした!

また、オークションなどの現場では襖絵や屏風絵などの大型の作品は日本では今の住宅事情に合わないため売りづらいという話も、言われてみれば確かに!

2章 浮世絵に見る商業アート

日本の「浮世絵版画」から、本来は”商品”であった浮世絵が”作品”になった(むしろ”商品”だったからこそヨーロッパにまで渡り評価された)事例から、美術の経済を語る上で避けては通れない稀少性という観点を示しています。

3章 時代とともに変わる美術の価値観

美術の価値が時代によって変動することを、明治時代の日本を例に見ていきます。それまで幕府の御用絵師であった狩野家の出である狩野芳崖の苦境や、明治の浮世絵師たちの新境地開拓、洋画家・高橋由一を事例からは、芸術(作品)の価値が、一個人の人気の浮き沈みというレベルではなく社会全体の物差しが一変することに連動する恐ろしさと、だからこそ胎動する新しい潮流を示します。

4章 パトロンとしての美術館

美術館の”パトロン”としての役割を、かつての事例や今後の展望も含めて解説しています。先述の通り美術館では作品の経済的価値にはあまり意識を向けないで鑑賞していますが、美術館運営の経済、そして美術館の運営がこれからの作家にとってパトロンとなり得る可能性(事例)にも言及しています。

よもつ
よもつ

東京の根津美術館、大阪の藤田美術館が館の建て替え費用捻出のためにコレクションの一部を売却した話が面白かった!特に根津美術館は、売り手、買い手、何より売却した作品そのものにとって喜ばしい形での売却となっている点に爽やかな感動を感じさせるエピソード。どんなエピソードかは本書で!

5章 贋作と鑑定

美術と経済というワードでもっともピンとくるテーマでしょう。古美術等の鑑定を行うテレビ番組も長く続いていることからも、こうした美術作品の真贋問題、そしてそれに翻弄される人々の姿は学術的にも下世話な話としても興味は尽きないですね。そしてこの章のラストの言葉は、美術作品を実際に買う、買わないにかかわらず、普段美術鑑賞をする上でも肝に銘じておきたいと思いました。

《サルバドール・ムンディ》はそれだけで見ても十分素晴らしい。弟子の作品という認知のままだったとしても、師匠と同時代の古典絵画であり、それなりの評価があってしかるべきである。それなのに、人はいったいこの絵の何を見てきたのだろうとさえ思う。情報の力が強すぎると人の目はしばしば曇る。目を大切にしたい物である。

※補足:《サルバドール・ムンディ》はこれまでダ・ヴィンチの弟子の作品とされていたが、ダ・ヴィンチの真筆(画家本人が描いた絵)と鑑定され、2017年のオークションで約510億円で落札された。

小川敦生『美術の経済』より一部抜粋

6章 美術作品の流動性を支える仕組み

この章では作品を作る「芸術家」と、それを享受する「鑑賞者(所有者)」を繋ぐ役割を担う「美術商」について取り上げます。昔からある画商(美術商)や百貨店の画廊、そして近年日本でも数が増えてきたオークションなど、美術作品の流通の在り様を見ていきます。

7章 これからの美術の経済

6章から続く流れで、これからの美術の経済の在り方について2000年代以降の流れを振り返り、まとめとなる章です。自身で会社を立ち上げた村上隆に始まり、今や日本各地で開催されている芸術祭、そしてネットの可能性を示して締め括られています。

よもつ
よもつ

本書が2020年発刊なので、おそらく今なら本書の最後にはブロックチェーンやNFTなどについても触れられていたのではないかなと思った次第。

まとめ

ダ・ヴィンチの時代から現在まで、ざっと駆け足で「美術の経済」を振り返る本書。美術にまつわる経済活動を広く浅く概観する内容になっているので、各章のテーマについて、既に様々な本などで知見を得ている人にとっては物足りないと感じてしまうかもしれません。

ただ、美術と聞いて画家の生涯や作品の内容についてではなく、「美術」という世界がどういうものとして動いているのかという視点を知る最初の一冊としては、読みやすくて興味深い内容です。本書の中でもしさらに気になるトピックが見つかれば、その他の本などで深堀りしていくといいでしょう!

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