GWのラスト5月8日まで京都国立近代美術館で開催されている「サロン!雅と俗ー京の大家と知られざる大坂画壇」展。ちょうどGWの前半に京都に行く用事があったので行ってきました。展覧会終了間際にレビュー記事を書くのは、あまりにもタイミングとしては遅いのですが、どうしてもこの展覧会は紹介しておきたいと思うので、私の鑑賞記録も兼ねてご紹介します!
展覧会概要
会期:2022年3月23日(水)~5月8日(日)
(前期:3/23~4/17、 後期:4/19~5/8)
開館時間:午前9時30分~午後5時
*金曜日、土曜日は午後8時まで開館
*入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日 ※ただし5/2は開館
観覧料:一般1,200円(1,000円)、大学生500円(400円)
*()内は20名以上の団体料金、夜間開館時(金・土曜17時以降)の夜間割引料金。
* 高校生以下・18歳未満は無料。
展覧会の構成
近世から近代にかけて「三都」と呼ばれた江戸(東京)、京都、大阪。その中で江戸と京都の画壇については多くの研究がなされている一方、町人の町として栄えた大坂(大阪)は、これまで日本美術史の中で他の二都市に比べてあまり重きを置かれていませんでした。
しかし、大坂は決して文化が花開かなかった土地ではなく、そこには本業を持ちながら書画や様々な学問を積極的に学び、分野の垣根を超えて交流する文化人ネットワーク、いわば「サロン」が形成され、充実した文化交流が行われていました。
この展覧会ではそうした近世から近代にかけて、大坂(大阪)を中心にした「サロン」文化の様相を紐解き、遅きに失した大阪画壇の豊饒な世界を、3章構成で展観していきます。
- 京の大家と弟子たちー継承か断絶か?
- 京坂のサロン文化ー越境するネットワーク
- 町人たちのアートワールドー大阪画壇の可能性
京の大家と弟子たちー継承か断絶か?
18世紀の京都画壇はしばしば「百花繚乱」と評されるように、”奇想の画家”として強烈な個性を発揮する伊藤若冲や長澤芦雪、曾我蕭白が活躍する一方、写生を重んじる円山応挙の四条派は多くの門弟を抱え一大流派に成長します。その中には大坂で活躍し、蕪村の画風からも影響を受けた上田耕夫や上田公長といった画家も現れます。
また室町時代以降、画壇のトップであった狩野派においても、京狩野の狩野永岳や、江戸狩野を京坂に広めた鶴沢探山を祖とする鶴沢派など、その活躍がうかがえ、在坂の絵師に多大な影響を与えました。
多くの場合、京都の画家が大坂の画家の師匠に当たることが多いですが、京の大家である師の画風を受け継いだ大坂の画家の作品は、土地の風土の違いからか、師匠の画風からさらに独自の画風を確立していきます。その様相は「継承」と言うべきか「断絶」と言うべきかーー。
第1章では、そうした師弟関係にある人物の作品などから、京都と大坂の近くて遠い、遠くて近い緩やかなつながりを見ていきます。
京坂のサロン文化ー越境するネットワーク
「京坂のサロン文化」を語る上で最も重要な人物は何と言っても「木村兼葭堂」です。大坂・北堀江の造り酒屋の家に生まれた兼葭堂は、様々な画家から絵を学び、片山北海が盟主となる漢詩結社・混沌詩社に参加して禅僧の大典顕常、儒学者の篠崎三島など多くの知識人らとも交流をしました。本草学にも強い関心を寄せ、奇石や貝類、貴重な書籍や絵画の蒐集に余念がなく、そうした兼葭堂のコレクションを一目見ようと多くの文化人たちが彼のもとを訪れました。
また、元は黄檗宗の僧で、一杯の茶を売って生活をした売茶翁も重要な人物です。伊藤若冲が売茶翁を尊崇し何枚も肖像画を描いたことは有名ですが、脱俗的な在り方は当時の文人たちの憧れでもあったことでしょう。
第2章では、そうした知識人たちの集まり、つまり「サロン文化」を象徴する合作作品を中心に、身分や肩書、分野など分け隔てなく、友人同士としてのびのびとした交流の様子を見ていきます。
町人たちのアートワールドー大阪画壇の可能性
江戸時代より物流の起点、町人の町として栄えた大坂。力を付けた町人たちが学問や文芸に関心を寄せていきます。木村兼葭堂はもちろんのこと、米穀商であった岡田米山人はその才能が買われ、伊勢津藩の藤堂家に召し抱えられ、文人たちと交流しました。
力を付けた町人らが自らの資金力とネットワークで町を支える自治的風土ゆえか、多くの大坂の画家たちは、特定の強力な為政者の庇護下に置かれるようなことはなく、在野で活躍していました。そうした風土は明治時代以降の近代にも受け継がれて、文展や帝展などの権威付けの場から離れて活動する大阪の画家は大きな歴史の物語から忘却される運命となります。
最後の章ではそうした彼らの作品を一望し、大阪画壇がいかに多彩で豊饒であったかを見ていきます。
動画でさらに深める!
美術館のHPでは、馴染みのない画家たちが多い本展をより深く味わえるよう、シンポジウムなどの動画がアップされています。展覧会を見た人は復習に、これから駆け込む人はその予習にもなります!
シンポジウムの動画はフルサイズで3時間位ありますが、登壇者の先生方のお話は興味深いものばかりです。どうしても全部見る余裕がなければ最初の基調講演だけでも見ておくと、鑑賞の手助けになると思います。その他にもトピックごとに短めの動画もあるので、気になった画家のトピックがあればぜひご視聴ください。
感想
メジャー級からマニアックな画家まで目白押し!!
本展覧会はとにかく出てくる人たちが多い!そして多いが故に、与謝蕪村、池大雅、伊藤若冲、長澤芦雪など、これまで単体で展覧会が企画される程のメジャー級の作品もそれほど大きな取り上げられ方はしていない。あくまでも当時の「サロン」文化の一様相として登場人物の一人としてさりげなく展示されています。
この辺りが本展のしっかりしている点であり、また全く大阪画壇と言われてピンとこない人には中々とっつきづらい点でもあるかなとは思います(;´∀`)
余りに多いので図録の巻末にある「京・大坂画壇 人物略年譜」に記載されている人数を数えると何と197人!!(主に展覧会出品の作者、賛者。一部そうでない者も含まれており、また作者・賛者でも記載なしの場合もあり)一応2回数えて2回とも197だったから合っているはず(違っていたらすみません!)
一つの展覧会でここまで多くの人物が何かしらの形で登場することなどあるだろうか。少なくとも大坂画壇をテーマにした展覧会では最大級規模であり、また展示作品も大英博物館所蔵の物も多く、中々見る機会のない作品が集う展覧会となってます。
合作こそ文人サロンの醍醐味!
文化人たちのサロン文化を象徴するのが、寄合描きのような複数人による合作です。本展でもこうした寄合書きや合作の作品が多く見られたことは、非常に楽しかったです。
その中でも今回特に目を引いたのは、画:奥谷秋石、菅楯彦、和歌:阪正臣、山本行範の《きつねよめいりの巻》です。菅が描く「きつねの嫁入り」の図を中心に、その両サイドには奥谷による「稲荷山図」「秋野」図があり、さらにその脇に阪正臣の「題歌」、山本行範の「謡曲」が認められた巻子の作品。
薄墨で描かれた狐の嫁入り図は、夜更けに浮かぶ狐の行列が妖しい静寂の中で浮かび上がっており、提灯の紋として赤で描かれた火焔宝珠と金泥による鬼火が画面に心地よいアクセントとリズムを生んでいます。その両サイドに描かれた奥谷の「稲荷山図」は朝靄か雨で煙る様子か、湿気の多い山の風景が画面全体に描かれている。その中で伏見稲荷の連なる鳥居の朱が効いている。一方の「秋野」は叢に沈む月であろうか、嫁入り行列の終わりを告げるようなしみじみとした静けさと余韻が広がります。
その他にもたくさんの合作が展示されていますが、それら全ての作品で「この絵を描いたのは〇〇で…」なんてやってたら日が暮れてしまいそうですが、「誰」が「何」を「どう」描いているのかを見るのが合作の醍醐味!「これは!」と思った作品を選んで作者を確認してみたり、キャプションで知っている画家が出てきたら「どの絵かな~」と探していくと楽しいです!
若冲のユーモア溢れる造形感覚の原点?
これは学生時代に伊藤若冲を研究していた私の個人的な視点かつ解釈ですが、若冲の水墨画でよく描かれている戯画的な表現。しばしば解説書などで「若冲らしいユーモア溢れる造形感覚」という感じで語られているのですが、院生時代(といっても修士論文を書き終えた学生時代の最後の最後)、私はここに蕪村の俳画や狂歌の世界からの影響があるのではないかと思っていたのと同時に、大坂の知識人たちとの交流は今後若冲研究の中でも重要になると感じていました。
その予感は当たり、その後サントリー美術館で寄合書の漆器が展示されるなどして、若冲と大坂のつながりも少しづつ紐解かれています。ということもあり、若冲のデフォルメされた戯画的な作品には、俳画や狂歌などと直接的な影響関係は言えなくても、そうした形態感覚をもつ何か共通の土壌があると思っています。
その意味でも今回の展覧会の「雅と俗」という視点が重要になると思っていたのですが、会場内のキャプションや図録を見る限り、あまり「雅と俗」については語られていないように思われました。私が汲み取り切れなかっただけかもしれませんが、何を以て「雅俗」としているのかが不明瞭であったため、そこは少し残念ではありました。(「雅と俗」という位だから中野三敏先生の「雅俗融和論」が下敷きにあるものだと思っていました。)
何が言いたいかと言うと、展覧会に出品されている若冲の《売茶翁図》。若冲の《売茶翁図》は何枚かありますが、いずれも売茶翁本人の顔を実に写実的に描いており、売茶翁を戯画にデフォルメして描くという事は私の知る限りありません。一方で三十六歌仙図や万歳などの日本の風俗を描く作品は戯画的に描かれているものが多い。中国趣味的なモノや人に対する「雅」と、日本古来のモノ(日々の生活に根差している物)に対する「俗」の意識が絵にも反映されていて、そうした「俗」の物に対してデフォルメや戯画的に描くというざっくりとした使い分けを若冲にさせた土壌(背景)に、文人サロンでの交流があったのではないか、ということです。
素人考えに字数を使っても良くないのでここまでとしますが、そういう仮説を持っていることもあり、タイトルの「雅と俗」という視点に重きを置いていた者としては、今回の展覧会はサロンのメンバーをとにかく紹介していくことで手一杯になった感じは否めないと思いました。サロン文化の全貌を展観することが第一なので仕方ないとは思いますが、私が若冲に対してこう感じたように、本当はそれぞれの絵師の画業を”サロン文化”による影響や製作背景と絡めた興味深いトピックはたくさんあるのだろうと思われます。
全ての画家でそれをするには1つの展覧会では難しいですが、できればもう一歩踏み込んだ部分を要所要所に作ってくれると、一般的な客層にとっては興味を持ちやすく、また展示全体にもう少しメリハリが出たかなと思います。
この一枚が凄い!生田花朝《四天王寺聖霊絵図》
バリエーション豊かな絵師の作品が一堂に揃い、耳鳥斎のユルッとした『仮名手本忠臣蔵』の絵巻や、北野恒富の《蓮池(朝)》など魅力的な作品が多かったのですが、今回「あぁ凄い、この1点に出会うためにも来てよかった」と思えた作品が、生田花朝《四天王寺聖霊絵図》でした。(作品画像は下記の記事で見ることができます。)
生田花朝は恥ずかしながら初めて聞く名前だったので、図録の作家解説を引用すると下記の通り。
聖徳太子を祀る四天王寺にとって最も重要な儀式である聖霊会を描いた作品で、大きな正円の画面の中に、縦一列に並ぶ四天王寺の伽藍配置を生かした直線的でシンメトリーな構図が収まっている。門前の舞台では聖霊会の儀式が盛大に催されており、その眩いばかりの華やかさは夢のようですらあります。
何がそれほど素晴らしいのか…と思った時、「あぁこれこそ雅俗融和だ…」と思ったのでした。寺の伽藍配置を描いた「〇〇寺曼荼羅」はよく展覧会でも見ることがありますが、そうした作品では寺社を整然と描くことで神仏の世界(=雅)の神々しさ、その神格を強調しています。人が描かれることもありますがあくまでも点景という感じです。
しかし、この作品では儀式に集う人々の姿(=俗)こそに、この絵の美しさが凝縮されています。儀式を行う神職の人たち、それを取り巻く見物人たちの姿の1つ1つがこの眩い光景を作っており、シンメトリーに配置されてはいていも、その仕草や表情は一様ではありません。音楽、神職が読み上げるであろう祝詞、見物人たちの賑わう声、そうした喧騒が混然一体となって一つの曼荼羅になっていると感じました。
図録は「決定版」というべきボリューム!
展覧会の図録は3,800円(税込)
正直、展覧会図録としては高い…。ただ展示替えの作品も多く、1回の鑑賞では大坂画壇の全貌は把握できないと思い購入。図録で実際には見ることができなかった作品も楽しみたいと思います!巻末には作家解説、師弟関係の系図などもあり、資料としては大・大・大充実です。
値段以上に厚さに怯んでしまい、欲を言えば、もう少し薄くしてほしかったですが…家の置き場などの現実問題は一旦考えるのを辞めました(笑)
コメント