【レビュー】「篠田桃紅 夢の浮橋」@菊池寛実記念 智美術館

美術

2021年に亡くなった篠田桃紅。先日まで東京オペラシティアートギャラリーで「篠田桃紅展」が開催されており、見に行った方も多いのではないでしょうか。

実は2022年6月18日より、虎ノ門にある「菊池寛実記念 智美術館」で、篠田桃紅のまた別の展覧会が開催されています。オペラシティアートギャラリーを訪れた人にとってはさらに作家の世界を深堀りでき、行きそびれてしまった人にとっては、篠田桃紅と運命の出会いになること間違いなしの、おススメの展覧会です。

篠田桃紅とは

篠田桃紅(1913-2021)
中国・大連で生まれる。2歳になる前に東京に移り、漢字、印刻、書画など東洋文化に造詣の深かった父の厳格な教育を受け、書をはじめ漢詩や和歌などを学ぶ。雅号の「桃紅」は父から贈られた。20代で書で生計を立てようと家を出る。敗戦後には結核を患い2年間の療養を行う。書から抽象表現へと作風は移り、1956年には単身渡米。ニューヨークを拠点に2年間活動する。その後日本に拠点を置き、精力的に作品を制作していく。壁書、壁画、緞帳などの大画面の作品を手掛けるほか、リトグラフ作品も多く制作する。

※東京オペラシティアートギャラリーの「篠田桃紅展」のレビューはこちら

菊池寛実記念 智美術館と篠田桃紅

この美術館で篠田桃紅の展覧会を行うのは2013年、2017年に続いて3回目。

普段は陶磁器など工芸や彫刻作品の展示を主とする智美術館で、なぜ「篠田桃紅」展を開催するのか。実は美術館の創設者である菊池智は、建築家の堀口氏を通じて桃紅と出会い、以降交流を深めました。そして二人の交流を物語るように、美術館には常設展示として、篠田桃紅の作品が2点展示されています。

まずエントランスで、桃紅の大画面作品《ある女主人の肖像》が迎えてくれます。スッと引かれた細くしなやかな線は、まるでこの美術館の創始者である菊池智氏をイメージしているのでしょう。

エントランスには篠田の《ある女主人の肖像》

そして、地下1階の展示室へとつづく螺旋階段の壁には、桃紅の壁画には《真・行・草》という「いろは歌」を書いた色紙が直接壁に貼られています。展示というよりは、「壁画(壁書というべき?)」あるいは「建築と一体となった」と表現した方が適切のように思えます。桃紅らしいシャープな線は、一見しただけでは何が書いてあるか判別しづらいですが、むしろそれが空間と上手く馴染んでおり、さりげなく、でも確固たる強さが壁に放たれています。

階段を1段1段降りていくごとに「言葉」が一つ一つの「音」へと分解されていくように、こぼれ落ちていくーーそんな感覚をかすかに抱きながら、地下の展示室へと導かれていきます。地下フロアから螺旋階段を見上げれば、桃紅の書がのる色紙は、まるで降り注ぐ光のように感じられます。

展示のみどころ・感想

智美術館ならではの展示が冴える

展覧会はとくに年代順になってはおらず、初期の頃の作品から2000年代以降の作品まで行き来するように展示されています。桃紅自身、作品について解説文を添えることを好ましく思っていなかったようで、解説は極力抑えられ、一方でエッセイで多くの著書を残した桃紅の言葉などを随所に掲出しながら作品をみていきます。

展示室に入ると中央のS字曲線の展示台には桃紅の版画作品(エッチング/リトグラフ)、周囲の壁面には肉筆の作品や屛風作品などが並んでいます。

通常このS字の展示台にはコレクションの陶磁器などをケースに入れずにそのまま展示しているそうです。今回は、壁にかかる一部の作品は、アクリル板のない、むき出しの状態で展示してありました。作品と向かい合った時、筆跡の生々しさ、そこから想像される作家の息遣い、自然と作品との間に緊張感がう生まれ、背筋がピンと張るような心地でした。

非常に暗い室内で浮かび上がるように作品が展示されており、作品の1点1点を「見る」というより「対峙する」「向き合う」という表現の方がしっくりくる空間になっています。

オペラシティでの「篠田桃紅展」が、桃紅の宇宙が外へ外へと広がっていくイメージであったのに対して、こちらは内へ内へと1つ1つの作品、もっと言えば、そこに引かれた一本の線に向って行く凝縮されていく宇宙のように思えました。

画面の中の細い朱(あか)ーー「律」する「私」

桃紅の作品の代名詞とも言える、画面中の細い線。黒、朱、緑、金や銀‥‥とその色は様々でも、画面の余白に対して、一際細く、でもどの筆跡よりも強く、しなやかなその線に心を惹きつけられて止みません。オペラシティで見た時は、その線の心地良さにただひたすら浸っていただけだったのですが、今回はまた違った印象を受けました。

あぁこれは人なのだ、桃紅自身であり、また作品を観る人自身でもあるんだ

時に鋭く、時に周囲に流されるようにカーブを描くその細い線は、強くもあれば頼りなくもある。作品によって様々な表情を見せますが、それこそ自身の”人生”を生きる人間の姿と言えるのではないでしょうか。

人間一人の存在はあまりに小さく心許ない。「世界」に対してちっぽけでか細い存在の人間でも、時には凛として立ち、時にはしなやかに流れに身を任せながら、生きる。

画面の中で燦然と存在感を放つ線はそうした「人間一人」の姿なのかもしれないと思いました。

「トールマン・コレクション」ギャラリスト・長尾英司氏のギャラリートーク

6月25日(土)には、本展の出品作品を所蔵しているトールマンコレクションのギャラリストで、長年篠田桃紅と交流してきた長尾英司氏とのギャラリートークが開催されました。

このトークイベントでは、展覧会の担当学芸員さんと長尾さんで一緒に展示室を周りながら、桃紅の画業として、あるいはトールマンコレクションにとって思い入れの深い作品など、実際に作家と接してきた長尾さんだからこそのエピソードを交えながらお話しいただきました。

エピソード①2つの「藍染めに銀泥」の作品
展示作品の《桐の花》という作品は藍染めに銀泥で文字を認めた屛風作品ですが、これがロックフェラー氏の旧蔵品でした。トールマン氏が購入したことを知った篠田桃紅は、久方ぶりに過去の作品と対面した喜びと買い戻してくれたお礼に、藍染めに銀泥という同じ手法の作品を新たに制作したとのこと。そのお礼として制作された作品《甃のうへ》も今回の展覧会で展示されています。
エピソード②唯一の受賞は「エッセイ賞」
篠田桃紅は、生前一度も賞を受賞することはなく、何かしらの賞のオファーがあっても全て辞退して断っていたそうです。それは桃紅が自分の仕事(作品)を他人に価値づけられることを嫌ったため。作品に対してタイトルや解説文を付けることさえ不要と考えていた桃紅にとって、自分は作品を作るだけ、それを見る人はその人なりに見ればいいし、それ以外に作品(作家という仕事)の価値を決める人はいないという考えだったのでしょう。その考えを一貫していた桃紅ですが、唯一「エッセイ賞」だけは、本業ではないのでということで受け取ったそうです。

作品自体から漂う凛とした空気や、エッセイの中の言葉からも、桃紅の生き方、考え方はひしひしと伝わってきますが、こうして長い間作家と交流してきた方のエピソードも面白いですね。

また長尾さんは、ぜひ桃紅の若い頃のエッセイを読んでほしいとも仰っていました。

※長尾さんは特にどの本ということは明言されていませんでしたが、おそらく言葉のワンフレーズだけを切り取った人生訓のような体裁のものではなく、ある程度まとまって桃紅の言葉が綴られているようなものを仰っているのかなと思いました。私が手に取った本の中で、そうした本は下記になります。

長尾さんのギャラリートークは7月にももう一度開催される予定ですので、ご都合が合う人はぜひ参加するのをおススメします!

次回の長尾氏のギャラリートークは7月23日(土) 14時~

カフェ「茶楓」(さふう)で一服

展覧会をじっくりと堪能した後は、美術館に併設されているカフェ「茶楓」(さふう)で一服。ランチからスイーツなど豊富なメニューで、ゆっくりと展覧会の余韻に浸ることができます。

エシレバターを使ったアンバターサンド(2個で750円(税別))

店内は広々とした落ち着いた空間で、庭園を一望できるガラス張りになっており、庭に面したテーブル席では、都心のど真ん中とは思えない緑豊かな景色。ぼーっと眺めているとどこか遠くまで旅行に来たかのような気分。

展覧会の概要

「TOPコレクション メメント・モリと写真 死は何を照らし出すのか」展
場所:東京都写真美術館(恵比寿)
会期:2022年6月17日(金)~9月25日(日)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)
開館時間:10:00~18:00(木・金曜日は20:00まで、図書室を除く)
入場料:一般 700(560)円/学生 560(440)円/中高生・65歳以上 350(280)円 
展覧会HP:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4278.html

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