愛宕神社でお焚き上げ

暮らし

年末の断捨離の際、数年前の翻訳の時に厄除けの祈祷をしてもらった際の札の存在を思い出した。実家のある地元の神社にはさすがに返しに行けないし、自分で処分するのも忍びない…と思って都内でお焚き上げをやっているか調べたところ、ちょうど1月7日にお焚き上げをする神社を見つけた。

それが愛宕神社。

最寄り駅が銀座線「虎の門」駅や日比谷線「神谷町」駅と都心とあって、アクセスの良さも申し分ない。2024年は初詣&厄除け札のお返し(お焚き上げ)を兼ねて愛宕神社へお参りに行きました。

愛宕神社の大鳥居&出世の石段

日比谷線・神谷町駅を出て徒歩8分。「こんなオフィスタワー(高層マンション?)が乱立する中に本当にあるの??」と疑いだしたところで、突如現る愛宕神社の石碑とその奥に佇む真っ赤な大鳥居。

石段を登ろうと思ったところで、気になる看板を発見。

「出世の石段」

これは気になる。というか何が何でも登らねば!!!ちなみにこの「出世の石段」のいわれは、愛宕神社のHPに書いてありました。

愛宕神社に上がる急な石段は「出世の石段」と呼ばれています。
その由来は講談で有名な「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎(まがき・へいくろう)の故事にちなみます。

時は寛永11年、江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。折しも春、愛宕山には源平の梅が満開。家光公は、その梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。
しかしこの愛宕山の石段はとても急勾配。歩いてのぼり降りをするのすら、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。
下手すれば、よくて重傷、悪ければ命を落としそう。家臣たちは、みな一様に下を向いております。
家光公は、みるみる機嫌が悪くなり、もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。家光公。その者の顔に見覚えがありません。

「あの者は誰だ」
近習の臣に知る者はありません。
「おそれながら」
「おう」
「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者でございます」
「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」
平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられております。

引用:愛宕神社HP(https://www.atago-jinja.com/trivia/)

見る限り段数がそんなに多くないので、これはチョロいと思ったのが大きな誤り。かなりの急こう配で、途中からは手すりに頼り、数段上がっては休み、上がっては休みを繰り返す。そんな私を、小学校低学年くらいだろうか、少年が「キツイ~」と言いながら父親と一緒に追い越していく。

そうか、少年の方が出世への希望に満ちているのか。

とか思いつつ何とか登りきる。楽して出世はできないという真理を、新年早々身をもって学びました。

お焚き上げ

お焚き上げは11時から開始されており、私が行ったのは12時手前頃。本殿の近くにお焚き上げしてほしい品々を預ける場所が設けられているので、そこに入れておけば順次燃やしてくれるとのこと。料金も不要なのは、ありがたい。

まずはお札を返却して、その後本殿への参拝のために並んだのだけど、やはりお焚き上げ&七草粥の日だからか参拝客の列が長く、30分並んで頑張ったけど途中で体調が悪くなりそうだったので離脱。(なので正式には未だ初詣できておらず…)

七草粥&おみくじ

本殿参拝の列からは離脱し、列の脇から本殿に手を合わせて、気持ちだけでも参拝。そしてさすがにタダでお札を処分してもらうのも忍びないので、おみくじでもしてお金を落とさねばとウロウロしてたら、七草粥を振舞っているエリアに行きつく。

「本殿で参拝もしていないやつがもらっても良いのか…」と多少の良心が疼くが、体調不良による撤退だし、神社の七草粥をいただいて心身共に浄化させようと思い、いただきました。ちょうどラスト1~2杯というタイミングで、新年早々、運を使ってしまったような気もする。

そして、新年最初の運だめし(と言っていいのか?)。おみくじ(100円)は箱の中にあるおみくじを選ぶパターン。結果は、、、「大吉」!!!ここ最近、初詣で大吉を引いたことがないから結構嬉しい。今回は1年間の心の道しるべとして持って帰ろう。

本殿参拝の列に並んでいた時に撮影した風景。高層ビルと境内の木々のコントラストに「あぁ東京だなぁ」と感じる。

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