鏑木清方展の《芝居十二題》に描かれた芝居の内容は?

美術

 東京国立近代美術館「鏑木清方」展で展示されている《芝居十二題》(京都国立近代美術館、4/18まで展示)。様々な歌舞伎作品のワンシーンがスケッチのように生き生きと描かれています。
 しかし、その芝居の内容そのものについては展覧会場では説明がなされていませんでしたので、「これってどんな舞台なんだろう?」と思った方に向けて、各演目について簡単に紹介します。

拙いイラストで清方の描く風情はまるでありませんが、何となく「こんな絵だった」と思い出したり、会場内でどれがどの演目の事なのかの目印にしていただければと思います。

江戸桜

正式なタイトルは『助六由縁江戸桜』(成田屋が演じる場合)で、描かれているのは江戸随一の色男、花川戸助六。江戸っ子の代表で美男子の助六と、助六と恋仲で吉原一の花魁・揚巻、その揚巻に恋慕する憎まれ役の意休を中心に展開される。舞台全体に華やかな吉原の雰囲気や江戸の粋が溢れ、これぞ「歌舞伎」と思わせてくれる作品。目に華やかな衣裳と舞台、バリエーション豊かな役柄が多く登場するため、襲名興行などの大きな興行などでも上演されている。

 描かれているのは花道から颯爽と登場した助六が、敵役の意休に足で煙管を渡して喧嘩を売る場面。助六の堂々たる様と粋な風情が醸し出されています。

鈴ヶ森

 白井権八と幡随院長兵衛の出会いの場を描いています。鈴ヶ森は当時刑場。雲助たちが権八に襲い掛かるも、権八は彼らをあっという間にやっつけてしまいます。その手腕を見込んだ幡随院長兵衛が声をかけ、江戸についた時の面倒を見てやると約束する場面。白塗りのスッキリしとした若衆の権八と、侠気に溢れた長兵衛の二人の出会いがみどころ。

関の戸

『積恋雪関扉』(つもるこいゆきのせきのと)。一面の雪に閉ざされた逢坂山の関にはいつも満開の桜がある。しかも樹齢三百年にあまる桜の花は薄墨色。ここで、先帝の忠臣・良峯少将宗貞と関守の男が関を守っていると、宗貞の恋人・小町姫が通りかかる。3人で絡むうち、実は関守の格好をしていた男は天下調伏を狙う大伴黒主であることに、宗貞と小町姫は気づき、姫は都に戻ります。その夜、黒主が桜の木を伐ろうとするとどこからともなく現れた傾城・墨染。実は墨染はこの桜の精で、謀反のために黒主が殺した宗貞の弟と恋仲だったのです。仇を取ろうとする墨染に黒主が本性を表し対立する。

 清方の絵は、前半の小町姫がやってきた所。背後には墨染が現れる大きな穴がある桜の木も見える。この小町姫と後半に出てくる墨染は同じ俳優が演じることが多い。

辰五郎(『め組の喧嘩』)

 実際に起きた鳶と力士の喧嘩を題材にした演目。品川の遊所で力士に恥をかかされた「め組」の鳶頭辰五郎。さらに芝神明の芝居前でも、力士と小競り合いが起きる。辛抱する辰五郎であったが、実は相撲の千秋楽を待って喧嘩を仕掛ける腹づもりであった。辰五郎をはじめ「め組」の鳶たちは力士たちに命を捨てる覚悟で喧嘩を挑む。「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉をそのまま芝居にしたような作品。

 描かれているのは、辰五郎が暗闇の中、因縁の相手である力士・四ツ車に恨みを晴らそうと待ちぶせする場面。辺りを窺いながら駆けていく辰五郎のスピード感が感じられる。

鳴神

朝廷への恨みから山に篭り、滝の竜神を封じ込め、雨を降らせなくした高僧・鳴神上人。その上人のもとに雲の絶間姫という美しい女性が現れる。実はこの女性は鳴神上人の術を解くために宮廷から送られた刺客。鳴神上人は姫の甘い言葉に誘惑され、持病の癪が起きた(ふりをする)姫の介抱をしようと着物の下に手を入れた時、初めて女性の胸に触れます。女性の魅惑を知った鳴神上人は破壊して夫婦になると約束し酒を飲んで寝込んでしまいます。その間に姫は術を解いて下山。ようやく騙されたと知った上人は荒れ狂い、姫の後を追って行きます。エロティックでおおらかな古風な趣をもつ荒事の代表作。

描かれているのはまさに鳴神上人が姫の胸元に触れた瞬間の場面

お嬢吉三

『三人吉三巴白浪』というタイトルを知らなくても「こいつぁ春から縁起がいいわぇ~」という台詞はどこかで聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。物語は、「和尚吉三」「お嬢吉三」「お坊吉三」という3人の「吉三」と名乗る盗賊が出会い、義兄弟となりますが、実は複雑な因果の果てに次から次へと事件が起きていきます。特にこの三人が出会う場面が多く上演され、その中でもお嬢吉三が夜道を歩く“おとせ”から百両の金包みを奪って、“おとせ”を川に突き落とした後の台詞が歌舞伎を代表する名台詞として有名。描いているのは、金を奪っておとせを川に落とした後、下記の名台詞を言うところ

月も朧に白魚の 篝も霞む春の空 つめてぇ風もほろよいに 心持よくうかうかと 浮かれ烏の只一羽 塒(ねぐら)へけぇる川端で 竿の雫か濡手で粟 思いがけなく手に入る百両
おぉほんに今夜は節分か 西の海より河の中 落ちた夜鷹は厄落し 豆沢山に一文の 銭と違って金包 こいつぁ春から縁起がいいわぇ

独鈷の駄六

小野道風青柳硯』(おののとうふうあおやぎすずり)という作品。私自身がまだ見た事がない作品なので、これは下記の説明を引用します。

陽成天皇の時代,天下をねらう橘逸勢(はやなり)一味の悪計が,小野道風・頼風兄弟や小野良実,大工の独鈷(とつこ)の駄六(実は文屋秋津)らの活躍と彼らに縁のつながる女たちのけなげな自己犠牲とによって未然に打ち破られるという経緯を描いた作品。

コトバンク(世界大百科事典 第2版)より引用

野分姫

これまた私が未見の作品なので、コトバンクより説明を引用させていただきます。

堕落坊主法界坊は永楽屋の娘おくみに横恋慕して執拗(しつよう)に追い回し、悪代官の手先となり、番頭長九郎と組んで、恋敵の手代要助、実は吉田の松若を陥れようとするが、かえって吉田の旧臣道具屋甚三(じんざ)に痛めつけられ、その後、松若の許嫁(いいなずけ)野分姫(のわけひめ)にも懸想したすえ、意に従わぬ姫を殺し、自分も甚三に殺される。松若・おくみが荵(しのぶ)売りに身をやつして隅田川まで落ちてくると、法界坊と野分姫の霊が合体して、おくみとそっくりの姿で現れ、2人を悩ますが、観音像の威力で退散する。

日本大百科全書(ニッポニカ)

お祭佐七

鳶の佐七と芸者の小糸は恋仲。しかし小糸の養母おてつは二人の仲を引き裂くため、小糸が佐七の仇の娘であることを小糸に信じ込ませ、それを信じた小糸は泣く泣く佐七と別れる決心をする。小糸が自分と別れたいばっかりに嘘をついていると思いこんだ佐七は、その夜、暗闇の中で小糸が乗った駕籠に斬り掛かる。小糸は命からがら、事情を書いた手紙を佐七に渡す。

 ようやく冷静さを取り戻した佐七は手紙を読み、佐七と一緒になれないのなら自害するつもりだったという小糸の思いを知った佐七は、取り返しのつかないことをしたことに愕然とします。描かれているのはこれから小糸を襲おうと先回りして待ち伏せする場面

神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)

新田義貞の子の義興が討ち死にした後、その弟・義岑は落武者となり、愛人のうてなを連れて矢口渡の渡しにやってきます。そして、その矢口の守である頓兵衛の家に泊まります。かつて義興を謀殺した頓兵衛は、義岑をも討ち取って賞金を得ようとしますが、頓兵衛の娘お舟は義岑を恋して彼を逃がし、義岑を追おうとする父の刃にかかります。(頓兵衛は飛んできた新田家の神矢に貫かれて最期となります)。

清方の絵は、お舟が父親である頓兵衛に襲われているシーン。賞金欲しさに実の娘を手にかける頓兵衛の強欲さ、踏み込む足の力強さが感じられ、一目惚れした男と父との狭間で苦しみ、それでも惚れた男のために命を捧げるお舟の姿が的確に捉えられている。

ちなみに、作者の福内鬼外とは、蘭学者・科学者として活躍した平賀源内のこと。

土蜘

能『土蜘蛛』が原作で、源頼光が土蜘蛛の精を退治する伝説を基にしている。病で臥せる源頼光のもとに現れた一人の男。比叡山の僧智籌だと名乗り、病を治す祈祷をしに来たという。智籌は頼光の要望に応え、出家した身の上話から、あてどなく諸国を巡り、木や石の上に起き伏し、風雪に耐えるなど、厳しい自然環境の中での難行苦行のありさまを描き出す。しかし、灯火によって怪しく映る影が人間のかたちではないと気づいた太刀持が見咎めると、智籌は蜘蛛の精という正体をほのめかし、頼光に蜘蛛の糸を投げかけ、襲いかかる。

描かれているのは、智籌が人間ではないと気づいた頼光に対峙するところ。少ない筆致と滲んだ墨で衣裳を表し、簡潔に俳優の動きを表す技量の高さ!!

源氏店(げんじだな)

正式には『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)というタイトルで、「お富与三郎」「切られ与三」などの通称で知られる作品。恋仲になったお富と与三郎だが、お富は木更津を縄張りにするヤクザの親分の妾。二人の仲がばれて、お富は海に身を投げ、与三郎はヤクザの子分たちにズタズタに体を斬られます。3年後、お富は海で助けてくれた鎌倉の質店の番頭多左衛門の囲い者として、与三郎は“蝙蝠の安”と一緒にゆすりなどをする身の上になっていた。二人は多左衛門の家で偶然再会するという物語。

 描かれているのは二人の再会より少し前の場面。お富が湯屋からの帰りがけに雨宿りをする番頭藤八を見かけて家へあげると、藤八は化粧を直すお富にずうずうしく近寄り、自分もおしろいを付けてもらいたいと言い寄るシーン

《芝居十二題》の魅力

今回イラストを描くにあたって図録の画像を見ながら描いたのですが、清方は衣装などは輪郭線を用いないで描いています。最小限の筆運びで、役者の一瞬の動き、それぞれの役柄の雰囲気、動作のスピード感を的確に表し、臨場感溢れる場面を描き分けることができているのが凄い!

さりげなくスラスラと描いているように見えますが(実際スラスラと描いているのでしょうが)、その形態感覚恐るべしです!

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