東京国立近代美術館「鏑木清方」展

美術

明治~昭和に活躍した日本画家・鏑木清方(1878-1972)は、「西の松園、東の清方」と称され、上村松園と共に特に美人画が高く評価された画家です。そんな清方の没後50年を記念する展覧会が東京・京都で開催されています。この記事では「鏑木清方って誰?どんな画家?行った方が良いの?」という方向けに、展覧会のポイントと魅力を紹介します。

1枚でわかる「清方」展

鏑木清方(1878-1972)の代表作として知られ、長きにわたり所在不明だった《築地明石町》(I927年)と、合わせて三部作となる《新富町》《浜町河岸》(どちらも1930年)は、2018年に再発見され、翌年東京国立近代美術館のコレクションに加わりました。本展は清方の没後50年という節目を得て、三部作をはじめとする109件の日本画作品で構成する清方の大規模な回顧展です。

展覧会HPより

東京と京都で開催される本展ですが、その展示構成は全く異なるそうです。東京では展覧会でよくある「風景画」「静物画」「花鳥画」「美人画」など、画題による区分を今回はせず、大きなテーマ別に分かれており「1章:生活を描く」「2章:物語を描く」「3章:ちいさく描く」という構成です。

まずはやっぱり”清方三美神”に出会う

 本展の一番の注目作品はやっぱり《築地明石町》《浜町河岸》《新富町》の3作品、言わば”清方三美神”と称しても過言ではない美人画でしょう。長らく所在不明となっていた作品で、2018年に再発見、44年ぶりに人々の前に姿を現した作品です。

《築地明石町》は当時外国人居留地であったせいか、描かれている女性も、着物姿ですが、髪型はイギリス巻と西洋風。指には金の指輪もはめて都会的、モダンな装いです。凛々しく見つめる眼差しも印象的。

《浜町河岸》は舞踊の稽古帰りと思われる町娘。当時この町には歌舞伎舞踊の振付をしていた二代目藤間勘右衛門の家があったからだ。扇子を口元に当て、左手は袖を持っているのは習った振付を思い返しているのでしょうか。

よもつ
よもつ

この浜町河岸の娘の着物は”松竹梅”。そして背景には火の見櫓が描かれており、どこか歌舞伎の『松竹梅湯島掛額』を思い起こさせます。この作品は恋する男に会いたいばかりに放火を放ったお七の事件を題材にしており、(歌舞伎の芝居では放火はしませんが)関所の扉を開けたいがために、厳しく禁止されている櫓を鳴らします。歌舞伎に精通していた清方ですし、この絵の舞台も歌舞伎舞踊を題材にしているので、そうした恋する女心を描いた歌舞伎作品のイメージを織り込んでいてもおかしくないように思いますが、いかがでしょうか。

《新富町》で傘をさして歩く女性は新富芸者。当時この辺りは劇場の街であり花街でもありました。装いは派手ではないですが、大人の女性の上品さと色気を感じさせます。背景には明治に建てられた新富座。歌舞伎の絵看板が掲げられています。

おススメの作品:「ためさるゝ日」

長崎の丸山遊女が年に一度の踏絵をする場面を描いた作品。清方自身「良くも悪くも日常生活を描くことが自身の制作の本質」と語っているように、清方の描く人物は他愛のない穏やかな毎日の一瞬を描いているものが多く、私もそのイメージでいました。しかしこの「ためさるゝ日」の題材は踏み絵という非日常的で政治性ももった行事で、清方がこうしたものを題材にしていたことに少々驚きました。女性たちの表情もどこか暗く、皆何か言いたげな様子。本心をぐっと押し殺して臨む印象を受け、本展の中でもとりわけ印象的に感じました。

ちなみに今回の展覧会では、清方による自己評価の記録が残っている作品にはキャプションで☆3つで紹介されています(☆☆☆会心の作、☆☆やや会心の作、☆まぁまぁ)。それによると本作は☆☆☆の「会心の作」と評価しており、清方にとっても思い入れのある作品だったようです。

ちなみにこの作品が右と左の絵が揃って展示されるのは4月3日まで、左の絵は4月17日までとなっているので、まだ見たことない方は4月前半までに行くことをお勧めします!

3つのテーマで紐解く清方芸術

生活を描く

先述の通り、清方は制作において「日常生活を描く」ことを重要視していました。実際に今回展示されている作品の多くは、自身が生まれ育った東京界隈。町の賑やかな様子を描いたものから、女性のちょっとした仕草を描いたものなどが並んでいます。《築地明石町》《浜町河岸》《新富町》の3点を除いてここで紹介したいのは《明治風俗十二ヶ月》。日本美術では江戸時代より「月次絵(つきなみえ)」という、毎月の行事や風俗を1枚にひと月描くシリーズものが描かれていましたが、そうした系譜になぞらえて、明治時代の風俗を描いた12点1シリーズになった作品です。

清方は明治~昭和にかけて生きた画家で、その時代は東京の街もめまぐるしく変化していったことです。そうした変わりゆく街並みを目の当たりにしていたからこそ、なんてことのない風景を描き留めておかなければ忘れ去られてしまう、という思いもあったのでしょう。清方の絵から感じられるどこか郷愁のような風情はこうしたところにもあるのかもしれません。

2章:物語を描く

日常生活を描く清方ですが、一方で文学・歌舞伎・落語など「物語」の世界とも深い縁がありました。元々挿絵画家としてスタートし、泉鏡花とのタッグは高く評価されました。また落語では三遊亭円朝の肖像画(描いた時に既に円朝は死んでいるが)は、まるで目の前で高座が始まるかのような迫真的な作品です。今でも「圓朝の肖像画」とと言えば、まずこの清方の作品がイメージされる(メディアなどで使われる)でしょう。

よもつ
よもつ

とくに興味深かったのは《芝居十二題》という作品。歌舞伎の12演目を、スケッチと言ってもいいような程の素早く簡潔な筆致で表した作品です。こんなに最小限の筆で役者の身体の使い方、場面場面の雰囲気の描き分けができるなんてと驚き、清方の画力の高さにひれ伏すしかありませんでした。

ちなみにこの記事ではその《芝居十二題》全点の演目の紹介をしていますので、興味がある方はこちらもご覧ください。

3章:小さく描く

展覧会に出品するような大画面の作品に対して、手元で広げてみるような小さな作品を”卓上芸術”と称し、特に晩年にそうした作品を手掛けるようになります。

昭和二十三年(一九四八)の日展に、下町の夏の情景を思い出すままに描いた《朝夕安居》(鎌倉市鏑木清方記念美術館蔵)を発表すると、清方はまもなく大きな展覧会からは身を引いた。それからは「もっぱら市民の風懐に遊ぶ」小品に、心のふるさとを描き続けた。

鶴見香織監修・執筆『100% KIYOKATA』小学館、2019年

この章の作品は、その章タイトルの通り大画面の作品ではないので、ぱっと見て「凄い!」と思うような圧倒されるような作品はありませんが、だからと言って名品が展示されていないという事ではありません。上の引用でも出る《朝夕安居》が展示されていますが、まるで見ている私たちが鳥になって、かつての東京の下町を眺め降ろしているかのようで、描かれている人たちの話し声や風の音、生活音などがのんびりと聞こえてきそうです。

音声ガイド

音声ガイドのナレーションは歌舞伎俳優の尾上松也さん。銀座育ちの生粋の”銀座(築地)っ子”な松也さんはまさに最適なキャスティングと言えます。

《概要》
ナレーション:尾上松也(声優・ナレーターの起用なし)
件数:作品解説18件(プロローグ含む) ※前期鑑賞時
   +特別解説5件(うち2件担当研究員インタビュー)
料金:600円(税込)

音声ガイドの全体レビュー

評価:★★☆
 ガイドを付ける作品の選定、件数としては十分だと感じました。解説で面白かったのは《朧駕籠》や《遊女》は物語のストーリーが重要なので、ガイドでより絵の魅力が増しました。
 個人的には冒頭のあいさつで松也さんが銀座育ちであることなどを盛り込んでも良かったのでは?と思いました。私は元々そのことを知っていましたが、知らない人は「なぜ清方で尾上松也?」となるかもしれません。清方が歌舞伎に通じている事からのキャスティングと思っても間違いないのですが、歌舞伎俳優の中でも特に松也さんである意味が伝われば、もっと良かったのにもったいない気がしました。

GOODポイント

  • 《築地明石町》では清方の詩を、その他にも清方の言葉が随所で紹介。ガイドの中では清方の言葉が多く引用されており、作品制作の態度などを知ることができます。(紹介したい気は山々ですが、これはぜひ実際に借りて確認してください)
  • 東京・京都の国立近代美術館の担当研究員2名のインタビューも収録
    東京の鶴見研究員は《築地明石町》の作品が発見、所蔵される中での裏話、京都の小倉研究員は京都と清方のエピソードでそれぞれ興味深いお話でした。

ちょっとイマイチ…

  • 《明治風俗十二月》の解説が、動線上12月から1月と逆行する並びだったので、展示自体がイマイチなのですが、そのガイド解説が「7月」⇒「11月」のため、展示室内で一度「7月」で進んで「11月」に戻ることになりました。屛風や絵巻、こうした複数幅ある作品の音声ガイドで、解説の順が実際の展示順と違うのはストレス&他のお客さんとぶつかる可能性もあり鑑賞のスマートさに欠けるので、こうした点はなるべくなくしてほしいです。
  • 清方の言葉が随所に織り込まれており、その点は充実して良かったのですが、地の解説との区切りが分かりづらい箇所がいくつかありました。地の解説と引用部分の読み手が変わるのであればそれでも問題ないのですが、一人の読み手がどちらも読む場合、今聞いているのが「解説なのか、清方の言葉なのか」が不明瞭(最後に分かることになる)ので、音声ガイド(特に読み手が変わらない)の場合は、「〇〇はこうした言葉を残しています」など、の文言を入れてから引用に入る方が良いと思いました。
  • 歌舞伎の舞踊の代表作『京鹿子娘道成寺』を”変化舞踊(変化物)”と解説している箇所。清方が残した言葉の中でそのようにあるためと思われますが、一般的に「変化物」とは一人の役者が複数の役柄を踊り分ける構成をいうものであって、『娘道成寺』や『鷺娘』のようにあくまでも役柄は一つの場合には用いないのでは?と思いました。(私の手元にある歌舞伎関連の資料では「変化物(変化舞踊)」として『娘道成寺』を含むようなものは見受けられませんでした)。これも2点目に挙げた「解説」と「清方の言葉の引用」の区別を明確にする構成であれば問題なかったと思いますが、それが不明瞭だったため、会場内で聞いた時に「変化物の理解が違うのでは?」と思ってしまいました。(私の理解の方が誤っていたら申し訳ございません。)

展覧会概要

会期:2022/3/18(金)~5/8(日)
休館日:月曜日(3/21、28、5/2は開館)、3/22(火)
開館時間:9時30分~17時(金曜・土曜は20時まで開館)
 *入館は閉館の30分前まで
※所蔵作品展、コレクションによる小企画展は10時~

チケットは事前予約制ですが、空きがあれば当日券の購入も可能です。

アンケートに答えた方から抽選で5名に図録プレゼント

展覧会の出口にはwebアンケートのQRコードが掲示されています。そこでアンケートに答えると抽選で5名の方に図録がプレゼントされます。応募締め切りは5/5まで。

こちらの本もおススメ!

本展の東京会場を担当した東京国立近代美術館の鶴見研究員による『100% KIYOKATA!』という本もおススメです。展覧会にも展示されている《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》の3点に加え、《名品風俗十二ヶ月》も全12点の解説と原寸大の画像があり、展覧会の予習にもピッタリです。

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