【レビュー】田中泯+谷口裕和「独独座-コレモコテン-」

舞台・映画

喜多能楽堂で開催された「独独座ーコレモコテンー」。映画「国宝」の縁で知り合った舞踊家・谷口裕和と、ダンサーであり俳優の田中泯による公演だ。

当日券があると知り、茶道の稽古終わりに駆けつけた。
田中泯さんの踊りはいつか生で見たいと思っていた目標が実現した。しかも泯さんにとって初めて能舞台で踊るという貴重な機会。

公演の概要

喜多能楽堂に向かう交差点@目黒

2/28、3/1に行われた公演(各日、昼と夜の2公演)は、谷口氏の素踊り(紋付袴姿で踊る形式)2本(地唄と長唄)と、田中泯による即興「少な少なに感情す」の構成。

谷口氏の素踊りは両日とも、昼と夜で内容が異なる。昼は地唄が「雪」で長唄が「娘道成寺」。夜は地唄が「葵の上」で長唄が「船弁慶」。私は28日の夜公演を観に行った。

地唄の素踊りが15分、休憩を挟んで田中泯のパフォーマンス30分、さらに休憩を挟んで、長唄の素踊りという内容。

レビュー

谷口裕和 地唄「葵の上」、長唄「船弁慶」

まず最初の地唄「葵の上」では、箏と三味線の調べに合わせて、谷口が『源氏物語』の六条御息所を演じる。病床の葵の上を小袖で表現するのは能「葵上」と同様。能で「葵上」は観たことがあるが、それよりも全体的に優雅に感じられたのは、日本舞踊と能の違いだろうか紋付袴姿なので、見た目は男性そのものなのだが、不思議と見ていくうちに「御息所」として捉えていることに気づく。

ふとした瞬間に見せる御息所の不安、恐れ、嫉妬…細やかな心情の変化を素踊りで見せる(観客に想像させる)には、相当の力量がないと難しいだろう。

後半の「船弁慶」。これも能や歌舞伎でもお馴染みで人気の高い演目。前半の静御前の可憐でかつ繊細な舞から、後半の平知盛の霊となった勇壮ぶり、その対比が面白い演目だ。特に後半、薙刀を持って舞う知盛の件(くだり)の迫力が見事だった。歌舞伎や能を見る機会はそれなりにあるのだが、日本舞踊は縁がなく、これまで見たことがなかったのだが、1人で、自分の踊り1つで舞台を成立させないといけないという点で、「ごまかし」がきかない世界だと感じた。能舞台という簡潔な装置での素踊りだから余計にそう思った。

十四世喜多六平太記念能楽堂(喜多能楽堂)

田中泯 即興「少な少なに感情す」

正直、「私に泯さんの踊りが理解できるかな、感じ取れるかな」という不安があったが、始まった瞬間、心奪われた。

(※以下、ネタバレあり)

能舞台を使った舞台で安易に「幽玄」という言葉を使うとかえって薄っぺらくなってしまうが、客席から現れた泯さんは、歩くだけで「幽玄」を体現していた。

決して派手はないくたびれたような白と黒の衣装、やや乱れたような髪ーー。乱暴に言えば「みすぼらしい姿」の老いた男性が「徘徊」している。そう表現することもできるだろう。しかし、時間の流れ、会場の空気の温度が、泯さんの一挙手一投足に支配されていた。「聖」と「俗」が渾然一体となる。智に優れた高名な僧がみすぼらしい恰好で市井を歩くかのように、泯さんの踊りは「俗」であり、俗なる場所で踊るからこそ、「聖」なるものとなるのだろう。

当日券で脇正面の一番後方列だったのだが、脇正面で正解だった。能舞台と(正面席の)客席の間に立つ泯さんの姿。能舞台を背中に背負い、客席と対峙する姿に痺れた。「この世」と「あの世」の狭間に立ち、虚空を見つめ、手を宙に伸ばす。その美しさ。

階(きざはし)を這うようにして上り、いよいよ能舞台の上で踊る。すると今度は「宇宙」を表すかのように、無重力感を感じさせるように手足を浮かせる。

そしてその姿はまるで胎児のようだった。姿はもちろん老人なのに(この記事を書くために調べたが、泯さんって80歳なのか!!)、目の前で踊るその姿、佇まいが本当に赤子のような無垢さ、つるんとした、ぷくぷくとしたあの感じを彷彿とさせるほどのみずみずしさ。

やがてその胎児は、生まれて、生きて、彷徨って、何かに戸惑い、怯え、そしてまた還っていくーー。人間の一生を表現するかのようだった。その時間は、長いようで短く、でもやはり”永い”時間だった。

身体1つで宇宙が生まれる瞬間を見た心地で、何もない能舞台の上で踊る(生きる)泯さんの所作に、気づけば泣いていた。

カーテンコールのお話

終演後、カーテンコールで谷口さん、田中さんが登場。柔らかい表情の田中さんの佇まいに何だかほっとする。

まずは、谷口さんが挨拶。20代の時にどの流派にも属さず本名で活動する道を選んだ時、踊りの師匠から「独座」という言葉をいただいたとのこと。しかし翌日(だったかな?)になって、師匠から「あなたにはまだ早いわね」ということで、代わりに「一歩」という言葉をもらったそう。

そんなちょっと可笑しいエピソードから、その「一歩」の積み重ねの先に、映画「国宝」があり、田中泯との出会いがあり、この公演へとつながった。今なら、かつてもらうはずだった「独座」という言葉を付けてもいいのではないか、と思い、今回の公演のタイトルとして田中に相談したところ、「2人それぞれ別の道を歩いてきたのだから”独独座”はどうか」と提案されたという。

この独特なタイトルには、己の身体と名前1つで道を切り拓いてきた2人の舞台人としての矜持が込められていたのだ。

そして続いて、泯さんの挨拶。パフォーマンスの時の、会場の空気を一瞬にして変え、場を支配するような圧倒的なオーラを放つ田中さんだが、言葉をつむぐときの慎ましさ、温かさは、乾いた土に水が染み込んでいくような感覚だった。能舞台で踊ることは初めての経験ということで、その場所に対する尊崇の念、謙虚な姿勢に驚いた。客席の通路から登場し、能舞台に上がり、そして客席の通路を通って退場するというのも、「今回ばかりは橋掛かりは使わない(使えなかった)」からだという。そして、「2回目、3回目と続いていけばいつかは…」とのこと。

この2人の言葉にも胸が熱くなった。ぜひとも続いてほしい。しかし、泯さんが橋掛かりを使ったら…本当に「彼岸」と「此岸」の境がなくなってしまいそうだ。

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