現在公開中の映画『犬王』。聞きなれない名前ですが、室町時代に活躍した能楽師。能楽師と言えば足利義満に寵愛され、能の大成者とも言われる世阿弥が有名ですが、一時は世阿弥以上に重用したとも言われています。
そんな犬王をモデルにした映画『犬王』のあらすじ、見どころ、感想を紹介します。
映画『犬王』とはどんな映画?
あらすじ
時は室町時代、3代将軍・足利義満の治世。壇ノ浦の海で漁師であり海人として生きる友魚(ともな)は、ある時都から来た貴族からの依頼で、海の底に沈んだある宝物を拾い上げる。それこそ壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡した際、共に海に沈んだと言われる、三種の神器の1つ「草薙の剣」。しかしその宝剣の威力によって、友魚の父親は命を落とし、友魚も失明してしまう。
友魚は「なぜこのような目に遭ったのか…」その答えを求めて都を目指すが、その道中で知り合った琵琶法師に弟子入りし、都で琵琶法師・友一となる。ある時、街の者たちが噂する異形の者と出会う。その異形の姿をした少年こそ、近江猿楽の比叡座の子として生まれた「犬王」であった。
琵琶法師の友一と異形の能役者・犬王は、これまでに都の者たちが聞いたことのなかった”新しい平家(物語)”を生み出す。その型にはまらない大胆な舞台に、一度観た者は熱狂し、街は犬王の舞に狂乱していくのであった。
犬王とは?
キャスト
●犬王:アヴちゃん(女王蜂)
●友魚(友一・友有):森山未來
●足利義満:柄本佑
●犬王の父:津田健次郎
●友魚の父:松重豊
唯一無二の声と表現力を持つアヴちゃんと、ダンス・演技において憑依するかのような悪魔的な魅力を放つ森山未來。この二人がタッグを組むなんて期待しかない!!そしてその二人の脇を固めるキャストも表現力に定評のある面々。このキャスティングだけで期待が増していきます!
実際の能楽師たちが集結!
また、本作では世阿弥が舞うシーンでの鼓、笛など楽器の演奏や、物語の鍵を握る怪しい面の声などで、実際の能楽師の方が関わっています。劇中でそれほど頻繁には出てきませんので、知らないとスルーしてしまいそうですので、ぜひ犬王・友魚だけでなく全てのシーンの声と音楽に耳を澄ませてください!
感想
良かった点
始まってすぐに「これは良いな」と思ったのは、松本大洋のキャラクターデザイン。私は松本大洋の『竹光侍』が好きなのだけど、松本大洋の簡素でシャープな線が、日本美術につながるような脱俗的な志向とマッチしているし、夢か現かーー”こちら”と”あちら”の間(あわい)がシームレスになるような表現が秀逸だと思います。
そんな松本大洋の特徴が最大限活かされていると共に、視力を失った友魚が見る(幽かに光を感じる)時の描写も幻想的で前半はこのアニメーションの作りの細やかさに引き込まれていきました。
そして、犬王と友魚が出会い、二人が都で”新しい平家の物語”を語り、歌い、舞うシーンは、「さすがアヴちゃん!!!」の一言。最初にアヴちゃんの声が響いた時はちょっと泣きそうになった。謡う(歌う)シーンに関しては文句なしの圧巻。実は歌詞がはっきりは聞き取れず、劇中で唄う「平家の物語」自体は雰囲気でしか理解できなかったのだが、それでも「犬王(=アヴちゃん)の表現力に身を浸す」だけで良いと思った。その説得力はアヴちゃんの声にはあるなと実感しました。
あとは津田健次郎さん演じる犬王の父の業の深さがいい。実は5月末に『夜能』というイベントで津田さんが能『小鍛冶』を朗読し、その後に能楽師が実際に『小鍛冶』を舞う公演に行ってきたので、個人的には犬王の父に対してちょっと肩入れしたくなった(笑)
語弊を恐れずに言うと、映画を観終わった感想は「この内容で、このキャスティングのまま舞台で見たい!」ということでした。映画が悪いという事ではなく、舞台化してアヴちゃんや森山未來の生のパフォーマンスから犬王と友魚の熱量を、津田さん演じる犬王の父の強欲さを、今を生きる私たちの実体験として感じたい!!ということです。それだけ演者の表現は魅力的な作品です。
残念だった点
全体的にはアニメーションの美しさとキャストの表現力が光る映画だったのですが、ところどころ私にはハマらなかった部分もあります。
①犬王&友魚のパフォーマンスが”ロック”、”バレエ”など既存の音楽・表現ジャンルになっている点
②クライマックスとなるシーンでCGが多用されている点
①について言うと、今は残っていないが「かつて存在していた犬王の能」であることの表現はどうしたって難しいとは思いますが、それがロックバンドそのものな感じになっており、イマイチ「かつて存在していた能」「実際もこんな感じだったのかも」という説得力に欠ける印象になりました。
派手な和風の衣裳を着た和風ロックバンドは、劇中の室町時代の観客なら度肝を抜かせますが、ロックの音楽が自然と耳に入る時代の私にとって(何なら現代においては最も意識しなくても耳に入る音楽がロックではないだろうか)、その映像は「いつかどこかで見たことある」印象でした。また犬王の天女の舞もほぼバレエ(もしくはフィギュアスケート)のような動きになっていて、それもまた「今まで見たことなかったもの」を期待したために、今の私たちにとっては「既存」の表現ジャンルをそのまま持ってくるのは残念でした。
この舞のシーン、プロの振付師かそれこそ森山未來に創作して貰っても良かったんじゃないかな。(ダンサーの動きをスキャンしてアニメーション化する手法とかでも良かったのでは)
②については、前半に松本大洋のキャラクターデザイン、アニメーションによるカット割り、友魚が感じる世界の表現に魅力を感じていたので、一番大事なクライマックスのシーン、犬王の天女の舞がいかに魅力的かを表現する場面なのだが、CGでかなり壮大なスケールの表現になっており、その壮大さがかえって安っぽくなって白々しい印象になってしまったように思いました。
能舞台の建物などをCGで作っているシーンでは、まるでその場に立っているかのような錯覚を起こさせて良かったのですが、そもそもがフィクションである心象風景のシーンをCGで変にリアリティを出そうとしなくてよかったのではないかなと思いました。前半のシーンのきれいさを思えば、普通にアニメの中で、あるいは水墨画や大和絵の表現などから着想を持って来て作画した方が良かったのでは…と思いますが、むしろそっちの方が予算がかかるのだろうか…。
原作:古川日出男『平家物語 犬王の巻』との比較
実は原作未読のまま映画を観たので、鑑賞後に原作も読んでみました。原作はそれほど分量が多いという訳ではないので、集中すれば2時間程度では読み切れるのではないでしょうか。
内容は最終的な結末は映画と一緒ですが、その過程の前後関係などが映画で改変されています。映画ではあまり説明されていなかった物語背景が丁寧に説明されているので、原作を読んでから映画を観ることをおススメします。特に劇中で犬王が歌う平家の物語(『重盛』『腕塚』『鯨』)は、歌詞が聞き取りづらかったので、原作でざっくりと内容を入れておくと、映画で聞き取りやすくなるのではないでしょうか。
原作では犬王と友魚の舞台は映画のようなアヴァンギャルド(アウトロー)感はあまり感じられませんでした。むしろ歴史通りの芸能の変遷の中で能が能として確立する前にあった数ある中のやや異端な1つ、といった感じでした。犬王の身体表現や友魚の演奏スタイルの斬新さではなく、そもそも世に伝わっていない「(奪われた)平家の物語」を謡う(歌う)こと自体が異端であり、その事に焦点が当たっています。
これは「原作に忠実でないから映画がダメ」ということではなく、物語がどういった視点(スタンス)で描くかという解釈の違いなのだと思います。原作の方が「後世の者」が「かつていた犬王という役者と友魚という琵琶法師の物語」を語るスタンスで、話し手が犬王・友魚の2人に向ける眼差しは、時代の渦に飲み込まれ消えて行った者に向ける一種の憐憫を含んでいます。まさに琵琶法師が平家の物語を語るように。
一方の映画『犬王』では「かつていた犬王・友魚」ではなく、「今を生きている犬王・友魚」を「今(劇中の時代=室町時代)を生きる人」の視点で見ています。それこそ随所で犬王、友魚自身の視点のカットも挟んでおり、原作と映画では同じ内容でありながらベクトルが違っているのです。だからこそ映画では『重盛』『腕塚』『鯨』の舞台では、原作から感じられるもの以上に激しさを表現したのだと思います。
見届けようぜ!ーー映画館で観ると楽しみがいっぱい!
映画館でキャンペーンや特別上演が企画されているので、「気になる」という人はぜひ映画館に足を運んでみてください!
期間限定の入場者キャンペーンが豪華!!
『犬王』では来場者プレゼントキャンペーンが実施されています。私は6月1日に行ったので、ポストカードでした。
このキャンペーンのことを知らずに行ったのだけど、入場者特典でこんな贅沢なポストカードがプレゼントだなんて豪華すぎる!第2弾の特別冊子も魅力的なので集めたくなる‼
6月13日(月)には”狂騒”上演!
また6月13日(月)には無発声だけど「狂騒」上演が実施される予定です。
※舞台初日の舞台挨拶の映像。アヴちゃんの衣裳、このまま犬王できるのでは(笑)
コメント