毎年初夏の季節に開催される根津美術館の「燕子花図屛風」の展覧会。根津美術館のコレクションの中でも特に有名で歴史の教科書にも掲載される国宝、尾形光琳筆「燕子花図屛風を、美術館内の庭園に生えるカキツバタの花が咲き誇るこの時期に合わせて展示するもので、毎年趣向を凝らした展覧会が開催されています。
今年は、「燕子花図屛風の茶会」と題して、昭和12年(1937)5月の茶会でこの「燕子花図屏風」が披露された際の道具組を再現した展覧会です。
※展覧会ならびに根津美術館についてはこちらの記事をご参照ください。
結論から言うと、こんな贅沢な茶席を追体験できるのはこの展覧会だけ!!!近代日本を代表する茶人の一人、根津嘉一郎に招かれた客の気分で最高の茶席のひと時を味わえる夢のような時間を過ごせる展覧会です。
名品揃いの茶会へ、いざ
本展では、実際の茶会の流れに沿って作品が展示されています。茶会の流れは次の通り。
- 待合席:控えの間で客が身支度を整える(この時汲み出し茶碗でお茶が振る舞われる)
- 本席:茶席(斑鳩亭)にて
懐石:まずは酒と美味しい料理を楽しむ
炭手前:風炉に炭が継がれる様子を拝見
中立:客は一旦退席し休憩。その間に亭主が濃茶席の準備
濃茶:茶会のメインイベント!濃茶(ねっとりと練られた抹茶)を客は回し飲みして頂く - 薄茶席:広間に移動して、薄茶(お店などでよく見かける抹茶、一人一碗)を頂く
- 浅酌席:大書院での屛風の披露&酒宴
- 番茶席:小書院に移動し、番茶や果物などをいただきながら、道具の付属品を拝見
茶会で一番重要なのはメインイベントである「濃茶」ですが、この浅酌席というおまけのような一席で国宝「燕子花図屛風」を拝見できるという、贅沢過ぎる茶会。
「美の競演」なんてもんじゃない!!!名品・逸品が惜しげもなく登場する
全ての道具組を詳しく説明するのは興が削がれてしまうのですが、おまけの席で「燕子花図屛風」が登場する位なので、名品たちが揃っているんだろうと思ったら、想像をはるか上を行くほど名品だらけ。それぞれの茶器、茶碗が1回の茶席のメインとして用いられるレベルのものたちで取り揃えられています。
それでいて全体を俯瞰してみても、当然ながらガチャガチャとした印象はなく、それぞれの道具が共鳴している点が、物のもつ力の凄さと、茶人としての根津嘉一郎のセンスの良さでしょう。
各席の趣向に富んだ道具組
茶会では、その時その時のテーマに合わせて道具の取り合わせが決まります。この茶会でも5月5日に初日を迎えた茶会に相応しい道具組がなされています。ほんの少し、私が特に「なんて素敵なんだ!!!」と感動した趣向を(私の解釈を多少加えて)紹介します。
懐石
懐石では、阿蘭陀藍絵の向付に呉州青絵の鉢、ケンディと呼ばれる東南アジアの水注を酒次として用いています。この多国籍な道具組からは、エキゾチックな雰囲気と目に鮮やかな器が懐石の場を彩っていたのだろうと想像します。濃茶の前に客の気分をほぐし、これからの茶席にワクワクしてもらおうとする亭主の心意気を感じます。
濃茶席
そして濃茶席では、茶入、茶碗、茶杓、建水、道具類の一切が、初夏の緑豊かな自然をイメージさせるもので、1点1点趣深さを持ちながらも初夏の爽やかさを感じる一席です。花入と茶入の組み合わせは、この当時において、松平不昧が文化11年(1814)の1月18日の茶会で取り合わせて以来の約百数十年ぶりの邂逅だそうで、一体どんな2点なのかはぜひ展覧会で確かめてください!茶入・茶杓・茶碗が名物であるのはさることながら、さりげなく建水も全体の趣向に合わせていい味をだしていました!
薄茶席
薄茶席は、濃茶席の重厚ながらも爽やかな一席から、また雰囲気が変わります。こちらはパッと見の道具組は実に軽やか。そしてどことなく「身の回りのモノ・事を愛でる」趣向に感じられました。濃茶席の道具組からは初夏の澄んだ空、緑豊かな山々、吹き抜ける風を感じるスケールの大きさ、例えるなら風景画を愛でるような心地でしたが、薄茶席は自分の身体の半径数メートル圏内のものに目を向けて慈しむ悦びを感じるような道具組、絵画にたとえるなら静物画のようなイメージでした。ここでは特に水指に注目です!水指の作者は尾形乾山。そう「燕子花図屛風」の尾形光琳の弟で、さりげなく兄弟を共演させているのです。
浅酌席(国宝「燕子花図屛風」と共に)
そして(私の中ではこれがメインの)「燕子花図屛風」が飾られている浅酌席です。茶会では「燕子花図屛風」だけでなく、円山応挙の「藤花図屛風」、作者不詳の「吉野龍田図屛風」のうち「吉野図屛風」の3点が飾られていましたが、この三者三様の花の競演もまた見事。
江戸時代中期の絵師・円山応挙の「藤花」は、その場を澄んだ空気に変えてくれるような清らかさと洒脱さがあり、元禄時代の尾形光琳による「燕子花」は、最初から主役になるために生まれてきたかのような華やかな存在感を放ちます。そして、かつては狩野永徳筆と思われていた「吉野図」は、短い命だからこそ狂い咲く桜が画面を覆いつくし、枝に括りつけられているいくつかの短冊(そのうちには紀貫之や伊勢の和歌が認められている)が翻っており、春の嵐の風がまるでこちらにもかかって来るかのような錯覚さえ起こします。
※画中の和歌でわかったのは「今年より春しりそむる桜花ちるといふことは習はざらなん(紀貫之)」。あと伊勢(のはず)の和歌ともう一首ほど書かれていました。恐らくいずれも桜に因んだ歌が採用されているのでしょう。
そしてまたこの浅酌席での酒器がニクイったらありゃしない。徳利は若衆の姿をしており、その彼がもつ徳利の蓋には猫がチョコンとつけられているのだ!!そしてその酒を受ける酒盃は中央に壺型のオブジェがついており、その壺の中に猩々(能の『猩々』では、猩々はどんなに飲んでも酔うことがなく、猩々からもらった酒壺は飲んでも底が尽きることがない)がいるのだ!遊び心しかない器で、細やかに細工されているからこそこの遊び心が楽しい!!こんな酒盃出されたら弱くても飲みたくなっちゃう!!
茶道経験者&稽古中の人は 必見 of 必見!!!
私も数年前から茶道を始めており、茶会も何回か経験したので茶会の流れが頭に入っていると目の前の道具がどのようにして使われているのかが想像できるので、より立体的に展示されている道具たちの魅力が浮かび上がってきました。
少しでも茶道に触れていれば、この展覧会に集まっている道具組のスケールの桁違いレベルにのけぞると思います!重要なのはそのくらいの名品揃いだけれども、決していやらしくないということ。茶人としての趣と遊び心、招いた人々に目も心もお腹も十分に満たして、楽しんで、味わってもらおうという心に尽くされた一席と言えると思います。
展覧会の概要
「燕子花図屛風の茶会」展
場所:根津美術館(表参道)
会期:2022年4/16~5/15
開館時間:10~17時 ※ただし5/10~15日は19時まで開館
入場料:一般1500円、学生1200円
※オンライン日時指定
※障害者手帳提示者および同伴者は200円引き、中学生以下は無料
展覧会HP:https://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html
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