2023年も残すところあとわずか。ということで、今年の展覧会ベスト10を発表します。
と言いつつ、どうしても10個に絞り切ることができなかったので、今回は「1会場から1展の選出」というルールにして、「ベスト10」入りはできなかったけど、落とすには惜しい展覧会についてはコメントのところで「次点の展覧会」略して「次展」として紹介します。
「面構 片岡球子展 たちむかう絵画」@そごう美術館
2023年の「展覧会初め」を飾った「片岡球子」展が堂々のランクイン!!新年早々このエネルギーを浴びたことで、私の1年は大きく飛躍したと言っても過言ではないくらいエネルギーをもらった!
片岡球子の作品をきちんと見るのは初めてだったけど、1点1点のエネルギーに感動した。歌舞伎や歴史に詳しい人は特に描かれている人物たちの表情や全体の構成に唸るところもあり、何重にも楽しめる展覧会。兎にも角にも、歴史人物の肖像を「面構え(つらがまえ)」と題したそのセンスと、その名に相応しい「画力(えぢから)」に脱帽した。
「諏訪敦 眼窩裏の火事」@府中市美術館
「面構え」展から一転、今年観た展覧会の中でも最も静謐な展示だったといっても良いのが、府中市美術館の「諏訪敦 眼窩裏の火事」展。体中に”感動”がじわじわと染み入るように入っていくるかのような世界に胸を奪われた。
作品を通して「作家に出会う」という感覚を知った展覧会だった。作品自体も画家個人の家族や知り合いを描いているというのもあるが、「個」の記憶が、作品となることで普遍性を持ち、観る者に追体験させる充足感の高い展覧会だった。
「絵金展」@あべのハルカス美術館
大阪だけの開催だった「絵金展」。幕末の土佐で芝居絵屏風を描いた「絵金」と、その絵金を現在まで守り伝えてきた高知の人々の受容を展望する展覧会。もともと数年前から絵金は気になっていて、毎年高知県で行われる絵金祭も行きたいと思っていたので、本展の開催は非常に楽しみにしていたのだが、その期待を裏切らない展示だった。
特に、櫓や絵馬など、実際の絵金祭での展示方法を再現した展示は、絵金作品のグロテスクな世界観と祭りの高揚感、非日常感を見事に再現しており、物語世界の喜怒哀楽、怖いもと見たさの好奇心、絵金の描写力・構成力への感嘆…と様々な感情が身体の中でごった煮になる感じが、絵金の魅力であり、その濃密さを体感できる展覧会。
「佐藤忠良展」@神奈川県立近代美術館葉山
今年の展覧会ベスト10を考え始めた時に真っ先に頭に浮かんだのが「佐藤忠良展」。ベスト10ではなく「ベスト1」だけの発表だけだとしたら、本展を挙げるだろう。そのくらい私にとって今年は「佐藤忠良と出会った記念すべき年」だった。
代表作《帽子・夏》はこれまで教科書などでも見たことがあり、「夏」を象徴する”叙情的”な作品と思っていたが、本展で対峙した時、半跏思惟像を思わせるほどに”聖性”を帯びていたことに驚いた。ちなみに本展はチラシも最高なので、私の中ではこれがダントツで心に残った。
「大阪の日本画展」@東京ステーションギャラリー
江戸(東京)・京都に比べて、文化面で取りこぼされてきた感のある大阪。その大阪の近代日本画家の諸相を展望する展覧会。大阪画壇の再評価を試みる意義ある展覧会としてランクイン。
大阪画壇の代表格となった北野恒富だけでなく、菅楯彦、あるいは生田花朝、木谷千種といった女性画家などを取り上げ、これまでの東京・京都中心、男性中心で語られてきた美術史の在り方までも見直すきっかけにしようとする意欲に満ちており、時代の転換期となるであろう展覧会。
ちなみに東京ステーションギャラリーの次展は「甲斐荘楠音の全貌」展。”あやしい絵”というキャッチーな言葉で終わってしまうきらいのあった画家の画業の全貌を明らかにし、ニュートラル名スタンスを保ちつつ、画家の芸術世界を深堀していく展覧会。
「テート美術館展 光」展@国立新美術館
「光」をテーマに印象派から現代アートまで、テート美術館のコレクションを展望する展覧会。単に時系列に沿うのではなく、随所で近代の巨匠たちの作品と現代アートがコラボレーションするような展示が上手く共鳴していて心地よさの中にもアグレッシブな試みがあって楽しめた。
ちなみに次展は「蔡國強 宇宙遊」展、「大巻伸嗣」展、「イヴ・サンローラン」展の3展。本当にどれもランクインさせてあげたい展覧会なのだけど、そうすると新美一色になってしまうので、泣く泣く次展とさせていただいた。そう思うと、今年の新美は豊作だったなぁ。
「没後200年 亜欧堂田善」@千葉市美術館
東京都美術館の「エゴン・シーレ」展と悩んだのだけど、シーレはもう私が推さなくても多くの人が推してくれるでしょう!ということで、日本美術専攻者としては、もっと日本美術の綺羅星のごとき画家たちを知ってほしいという気持ちを込めて「亜欧堂田善」展がランクイン!
これまでは、どうしても「日本における西洋画受容の一例」として数点挙げられるのみという状況であったであろう亜欧堂田善。その田善という1人の画家の生涯と画業を知ることができた良い機会だった。
「杉本博司 本歌取り 東下り」@渋谷区立松濤美術館
私自身が近年茶道や能楽にも関心を寄せているため、杉本博司の本歌取りの思想、作品は興味深く、(おこがましいながら)共感する部分もあり、非常に期待していた展覧会。
本歌取りの思想に基づいて作られてきた作品群もさることながら、最新作である《Brush Impression いろは歌(四十七文字)》が素晴らしかった!!「本歌取り」の解釈がどんどんと広がり続けており、「写真家」から「現代アーティスト」、「現代アーティスト」から「現代の数寄者」となりつつある杉本博司の芸術世界の宇宙に放り込まれた感覚だった。
松濤美術館の次展は「エドワード・ゴーリー」展。こじんまりとしているけど哲学的な世界観を持つ白井晟一建築の松濤美術館と、エドワード・ゴーリーが描く不穏な子供たちの世界が、見事にマッチしていて、この作家の世界を堪能するにふさわしい会場となっていた。
「山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」@アーティゾン美術館
アーティゾン美術館が毎年行う「ジャム・セッション」展。これまで、「森村泰昌展「柴田敏雄と鈴木理策展」を見てきて、ジャム・セッション企画に絶大な信頼を置いており、今回も高まる期待を胸に会場を訪れた。そんな私を冒頭からいい意味で裏切ってくる山口晃のユーモアと言おうか、天邪鬼と言おうか…(笑)←多分訪れた人ならこの意味が分かってくれるだろう。
山口晃の世界観と思想がぎゅっと詰め込まれたビックリ・ハウスのような展覧会。山口流のセザンヌ考、雪舟考は、「巨匠と言われ続けるセザンヌや雪舟って、結局のところ何がスゴイの?」という素朴な疑問をひも解くヒントとなり、かつ「古典から現代へ」「昔と今をつなぐ」山口の作品作りの在り方そのものでもある。
次展は「ABUSTRACTION」展。セザンヌから始まり、圧倒されるほどの作品点数で「抽象画」という多様で複雑なジャンルに真っ向から向き合う展覧会。「抽象画とは何か」とじっくり考察する上でも充実の展覧会だし、なーんにも考えずに己の感性に従って見ても楽しめる。ただひたすら絵の具の物量感がもつパワー、線が生み出すリズム、色から感じる悦びに浸ることができた展覧会。
「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」@東京国立博物館 平成館
今年はあまり東博に行かなかったように思うが、「やっぱりこれぞ東博だ!」と思わされた展覧会。
東博の春・秋の大型展は、名作が勢揃いする豪華さの一方で、それを構成するテーマが乏しくなる危険性もあるが、本展では「一点豪華主義」に陥らず、それぞれの作品を紡ぐ糸がしっかりしていたと感じた(ゆえに見る側の体力が試されるが)。「やまと絵」というフワッとしたイメージの言葉を、時代を追ってその展開を示し、”日本美術の王道”とはいかなるものであったかを、見事な作品群によって体感させてくれた。
次展では表慶館で開催された「横尾忠則 寒山拾得」展もよかった。ちょうど豊島で横尾忠則の作品を観てきた後ということもあり、「寒山拾得」という日本の伝統的な画題に対して、横尾流の遊びが面白かった。
《特別賞》「国吉康雄展 ~安眠を妨げる夢~ 」@茨城県近代美術館
ベスト10とは別に、個人的な思い入れが強いということで、どうしても外せなかった展覧会を特別賞として紹介します。その展覧会とは、茨城県近代美術館で開催された「国吉康雄展 ~安眠を妨げる夢~」。
私自身が岡山出身で、岡山県立美術館で国吉の作品は何度か見ていたが、子ども心に「変な絵だな」「ちょっと怖いな」と思って、気になりつつもそのまま過ぎ去っていたのだが、本展を通して画家の人生、そしてそれぞれの絵に込められた意味を知り、何十年越しに本当の意味で「国吉に出会った」と思えた。そして、戦争の中で「日本」と「アメリカ」という分断の裂け目に立つように危ない立場だった国吉の思い、行動、作品からのメッセージが、今なお分断される世界にいる私にとって改めて刺さるメッセージだった。
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