ロシアのウクライナ侵攻。平和ボケしていた私には寝耳に水のような出来事でした。なぜこれだけ世界各国が均衡を保つためにあらゆる体制をそれなりに築き上げて、SNSなど情報がリアルタイムに発信されるようになった今、こんなことができるのか、できてしまえるのか理解ができませんでした。
そうした中、まるで機を図ったかのように発売された『13歳からの地政学』。ウクライナ侵攻のタイムリーさもあって話題となりました。恥ずかしいことに、私は本書が話題になっていることで、初めて「地政学」という言葉を知りました。
そんな私が思わず半日で読破したこの『13歳からの地政学』。私が本書の良かったと思う点を3つご紹介します。
田中孝幸『13歳からの地政学』
私が手にした一冊の奥付を見ると、「2022年3月10日第1刷発行」、そして「2022年6月8日第5刷発行」。初版が何部だったか定かではないのですが、わずか3か月の間に5刷までされているというのは、いかにこの数か月間で人々が本書を手にしたかが分かりますね。
構成
プロローグ カイゾクとの遭遇
1日目 物も情報も海を通る
2日目 日本のそばにひそむ海底核ミサイル
3日目 大きな国の苦しい事情
4日目 国はどう生き延び、消えていくのか
5日目 絶対に豊かにならない国々
6日目 地形で決まる運不運
7日目 宇宙からみた地球儀
エピローグ カイゾクとの地球儀航海
著者プロフィール
感想
実は、本書を手に取る前に別の「地政学」と名の付く本を手に取ったことがあるのですが、世界情勢に疎い私には難易度が高かったので、まずは「私の地政学レベルは13歳かも」と思って本書から読むことにしました。
①物語形式で、主人公の兄妹と同じ視点で地政学を学ぶ
本書は物語形式で、登場人物は3人。高校生の大樹、中学生の妹の杏(あん)の兄妹、そして二人が出会ったアンティークショップのオーナー、通称「カイゾク」。兄妹2人がアンティークショップで一目惚れした古い地球儀をかけて、「カイゾク」から7日間のレクチャーとテストに挑む、という構成で展開していきます。
各章もコンパクトにまとまっており、「地政学って難しそう…」という人でも、読みやすい内容になっています。中高生の兄妹の素直な質問&感想は、テレビでニュースを何となく見ている私の率直な感想そのもので、「世界情勢には疎くてニュースを見てもよくわからない」という人の疑問を先回りして兄妹たちが聞いてくれます(笑)
例えば、個人的に一番ハッとしたのは「第二次世界大戦後、日本は戦勝国を恨み続けていないのに、なぜ韓国は今でも日本を恨むのか」ということ。物語中、兄の大樹が呟きます。
それに対して、本書では(カイゾクの言葉として)次のように語られます。
「過去のネガティブな歴史というのは、多くのケースで今の社会問題の原因だととらえられている。歴史上の悪いことは、過去の話ではまったくなくなっているわけだ。アメリカの黒人差別がその例だ。…(中略)…」
『13歳からの地政学』より引用
「世界では韓国と被害者としての共通点がある国のほうが多く、日本は少数派になる。だから、日本は法律的には正しいことをとなえているつもりでも、世界の大多数の国々に心情として十分に理解されないおそれがあることは知っておいた方がいい」
いじめの問題であれば、「被害者の傷は一生癒えない。加害者はそれだけのことをした自覚を持つべき!」と言うのに、戦後処理の問題では真逆の態度を無意識に取っていたことにハッとさせられました。もちろん国際問題である以上、感情的な理由だけで交渉をすべきではないですが、当事者になった途端に自分たちの視点からしかものを見ていなかったことに気づかされました。
②中学校の社会(地理・歴史・公民)の知識と今の世界情勢が結びつく
主人公の大樹は、高校生で成績優秀。一方、妹の杏は学校の成績はそれほどでもないが、ファッションデザイナーになる夢を持ち、余計な先入観をもたず素直に感じるタイプのキャラクターで登場します。
その二人のおかげで、取り上げられているトピックに関しての「知識」と「感想」のバランスがちょうどよく出てきます。今の学校教育がどのような内容なのかはわかりませんが、私がかつて中学校の社会科目(地理・歴史・公民)で習った用語や人物、歴史的事件が、今の国際問題にどうつながっているのかが上手くつながっており、分かりやすくなっています。
例えば、「NATO」が何のためにあるのか、「核兵器」を”どう”持つのか。核兵器の保有国などはテストに出た記憶もあります。ただ学校のテストでは、保有国の組み合わせを覚えることで終わっていましたが、その「核兵器を持つ」とは具体的にどう持つのか、という事は考えてもみませんでした。
本書では、核兵器を持つためには「海」が必要であること、そのために中国は南シナ海を自国のものと主張していることを説明しています。
これまでニュースなどで中国のそうした行為をざっくりと「領土拡大、あるいは中国の脅威を示すため」と思っていましたが、そうした行為の裏にはもっと的確な「狙い」があることに気づかされました。
③「地球儀」で考える⇒「地図」で無意識に刷り込まれた”中心”のイメージを取っ払う
本書は、兄妹が古い地球儀に惹かれて店に入ったことがきっかけで物語が始まります。物語、そして「地政学」という学問のキーアイテムとして登場する「地球儀」。これが読んでいく内に、思っていた以上に重要な役割を果たしていました。
私たちが一般的によく目にしている地図は、日本が中心にあります。しかしヨーロッパの地図では、中心はヨーロッパで、日本はまさに「極東」に位置しています。このように「地図」は、立体の地球を平面に落とし込む以上、どうしても恣意的な改変(特に「地図の中心」という問題)が行われます。
この「中心」というのは非常に厄介で、無意識のうちに「自分たちが正義」となりやすい。本書ではその危険性を理解しているからこそ、物語の重要なアイテムとして「地球儀」を用いているのだと思いました。
また、地球儀は地球をそのまま縮小したものなので、正しい国の形、位置関係、距離感を把握することができます。本書の中では特にこの「位置」と「距離感」を大事にしているように感じました。というのも、カイゾクが兄妹に地球儀を使って説明する場面では、わざわざ「(話題となっている)場所からどう見えるか」ということをカイゾクが兄妹たちに確かめているからです。
地図を見る時、私たちは全ての場所を俯瞰的に見る、ある意味「神の視点」になります。しかし地球儀では一度に全ての国を見ることができず、ある地点を見て、また別の地点を観ようとするときにはイチイチ動かさないといけません。
この「距離感」というのが実は「地政学」においても重要で、基本的に大国も小国も、すべての国は「自分の国を中心にして考える」からです。そして本書の中でも説明されている「遠交近攻」のように、それぞれの国にとって「仲良くしておきたい国」、「近くて警戒すべき国」、「遠くて関心がない国」は違っており、それは国同士の位置と距離感が多大に影響を与えているからです。
本書を読み終わったあと、無性に地球儀が欲しくなった!!
さいごに
ロシアのウクライナ侵攻という大きな問題をきっかけに読み始めた本書。世界情勢に対して「きれいごと」ではない「各国の思惑」の基本的な考え方を理解することができる非常に興味深い一冊でした。
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