s**t kingz『HELLO ROOMIES!!!』と歌舞伎

舞台・映画

9月14日。s**t kingzによる新作舞台『HELLO ROOMIES!!!』(以下『ハロルミ』)の初日が開幕しました。待望の舞台を観た私の1番の感想は…

「この舞台装置とか演出、まるで歌舞伎じゃん!!」

歌舞伎だけの特殊な装置・演出という訳ではないけれど、日頃から歌舞伎を観ているせいで、そんな感想を抱きました。ということで、この記事では『ハロルミ』と歌舞伎、どういう共通点があるのか、そしてどう違うのかを掘り下げていきます。

※以降はネタバレになりますので、ご注意ください!!

『ハロルミ』と歌舞伎①舞台機構

今回の舞台で一番「歌舞伎っぽいなぁ」と感じたのは、舞台機構(大道具)。まずはそんな大道具に関して、どういう共通点があるのか紹介します。

廻り舞台

『ハロルミ』では舞台中央にセッティングされたセットが、「A子の部屋」「レンタルビデオ店」「街中」を構成しており、劇中では黒子のスタッフが回しながら場面転換をしています。

この大道具を回して場面転換させることが、まさに「歌舞伎」!!というより、そもそもこの手法は歌舞伎が発祥なのです。

この動画の57:00頃から舞台が回るところが見られます。この廻り舞台について、歌舞伎on the webというサイトでは下記の通りに説明されています。

(廻り舞台は)世界に先駆けて歌舞伎が開発した舞台機構です。18世紀半ばに、独楽まわしにヒントを得た狂言作者並木正三によって考案されたと伝えられます。最初は舞台の上に丸い盆のようなものを乗せ、舞台の下を掘り広げて、人が心棒を回して動かしていましたが、現代では電動で回しています。最初の形態の名残で、今でも「盆」と呼びます。上演中に舞台の裏(盆の後ろ半分)に次の場面の道具を用意して回し、場面転換をスムーズに行うことができます。ここから二つの異なった場面を交互に見せる通称“いってこい”という演出も生まれました。三方に道具を飾って、さらに効率化を図る場合もあります。場所の移動や時間の推移を表すなど、演出の幅を大きく広げることができる技術です。西洋演劇にも影響を与え、1896(明治29)年にはミュンヘン王立劇場がこの方式を取り入れています。

歌舞伎on the web ※太字、( )は筆者が加筆・加工

『ハロルミ』でも「A子の部屋⇒バイト先⇒A子の部屋」というように、”いってこい”の演出が多かったですね。

そのため『ハロルミ』を最初見た時、世界的ダンサーの最新作の舞台で、まさか数百年前に誕生した手法を目の当たりにするとは、と一種の感慨を覚えました。また、引用の通り今では本家の歌舞伎でも電動なのに、『ハロルミ』で手動で動いているのを見て、かつて江戸時代の芝居小屋もこんな感じだったのだろうと勝手に想像しました。

よもつ
よもつ

歌舞伎の場合、江戸時代でも舞台の下から心棒を回して大道具を乗せた台(板)自体を動かしているので、お客さんには動かす人が見えないのだけど、手動という点で『ハロルミ』に芝居小屋の原点を重ねてしまいました。

しかも『ハロルミ』の場合、「A子の夢の中」のシーンでは道具の裏側の壁をそのまま映像を映すスクリーンとしても活用していました。裏側をあえて使うという発想は古典にはないので、そこはやはり「映像」という手法を手に入れた現代ならではといったところ。

早抜けの仕掛け

『ハロルミ』の人気キャラクターの一人(一匹?)・ゴキブリブラザーズの登場時、セットの下(A子の部屋の床下)から出てくる仕組みも、初見では「うぉ―――!!狐忠信じゃん!!」と一人興奮しました。

A子の部屋に出現したゴキブリ(小道具)と、それを動かすOguriがキッチン下に潜り込んだ瞬間、床下からゴキブリブラザーズのNOPPOが登場するというもの。舞台の上にいたキャラクターが瞬時に舞台の下から出てくるという演出です。

これとほぼ同じ演出をしているのが、歌舞伎の三大義太夫狂言といわれる『義経千本桜』の「川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場」の狐忠信(きつねただのぶ)が登場するシーン。

『義経千本桜』
源平合戦後、源義経が都落ちをする物語で、『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』と共に歌舞伎の三大義太夫狂言として人気の高い作品。「川連法眼の館の場(通称:四の切)」では、義経の恋人・静御前が旅の供に連れていた佐藤忠信が、実は狐が化けていたということが分かる。静御前が義経から別れる時に受け取った鼓には狐の皮が使われており、その皮に使われた狐の子が、親と離れたくないからと忠信に化けて静御前と供に旅をしていたのです。それを知った義経は「狐にさえ親(家族)を思う気持ちがあるのに、自分たちは兄弟で争ってしまうとは…」と自身の境遇を嘆くという話。

この動画では、44:30から早抜けの仕掛けを使った演出を見ることができます。特にここではセットの仕掛けもさることながら、衣裳の早替りも注目です!『ハロルミ』では床上でゴキブリを動かすOguri、床下でゴキブリ役のNOPPOと、2人で1匹のゴキブリを表現していますが、『義経千本桜』では1人の俳優が床から抜ける間に衣裳を変えて出てきます!その間わずか2~3秒!!!

よもつ
よもつ

ちなみに「川連法眼館」はその後も見どころが続くので、時間があればぜひ次のシーンも見てほしいです。
52:00「欄干を渡る」シーン

1:00:00「狐忠信が退場」してからの2役早替り
⇒1:00:30「本物の佐藤忠信として登場」
⇒1:02:09「本物の佐藤忠信が退場」

⇒1:02:26「狐忠信として欄間から登場」

1:05:00「悪役たちとの立廻り」~ラストの宙乗り

狐としての動きや立廻りなど、狐役の俳優(ここでは市川猿之助丈)の運動量にも感服です。

ちなみに、『ハロルミ』のゴキブリのように、小動物を「小道具⇒俳優」で登場させる方法は歌舞伎にもあります。『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』では、お家騒動で悪事を企てる一味の連判状をネズミ(小道具)が加えて逃げてしまい、次の場面ではそのネズミを俳優が演じて、荒獅子男之助という正義側のキャラクターと立廻りをみせます。

この動画では、1:27:26でネズミ(小道具)が出てきます。そのまま1:30:20で舞台がせり上がり、「床下」の場面となり、そのネズミ(人間)が男之助に捕まっています。

よもつ
よもつ

ハロルミとは関係ないけど、せっかくなので1:30:20からはラストまで見ていただけると、スッポン(花道にあるセリ)から仁木弾正という悪役(ネズミはこの仁木が化けていた)の有名な登場&退場になります。ロウソクの火だけを使う「面明かり(つらあかり)」という演出で、悪役の不気味さを際立たせる演出です。

振り落とし

どんどん話が逸れてしまいました。『ハロルミ』との共通点の話に戻りましょう!

ハロルミの中盤、幕が4人の上に落ちて、そのまま幕を使ったパフォーマンスがありましたね。具体的な出来事や心情をダンスで表現している中で、このシーンは唯一と言っていいほど抽象性の高い表現でした。

幕を上から落とすのは、歌舞伎でも「振り落とし」という手法として用いられます。

この動画の冒頭、一瞬ですが「振り落とし」が見られます。ちなみに、この水色っぽい幕を「浅葱幕(あさぎまく)」といいます。一瞬にして豪華な舞台が目の前に現れる効果を狙って用いられることが多いです。

このように、歌舞伎ではあくまでも場面転換(セットの目隠し)のための幕で、幕が人間の上に落ちるのも、そのまま回収するためでしかありません。これをパフォーマンスとして使うところはさすがシッキン!

そしてこういう表現が出てくるのは『ハロルミ』だからこそと思いました。私はシッキンのこれまで舞台は『The Library』(以下「前作」)しか見ておらず、それ以前の舞台は全然知らないのですが、この2つの大きな違いは、前作が「ダンスのための舞台」なのに対して、『ハロルミ』は「舞台のためのダンス」と、ダンスと舞台の主従が逆転している点だと思います。

この逆転が起きる一番の要因は、今回「A子」というシッキン以外のキャラクターが登場し(しかも主人公)、シッキン4人はあくまでも「脇役/黒子」になっていることです。前作までは4人が主人公だったので、彼らが「図/地」でいうと「地(背景)」になることはなかったのが、今回A子という「図」があり、シッキン4人は「地」にというポジションに初めてなっています。

「脇役/黒子」という「地」のポジションだからこそ、幕を使って自分たちの体を覆い隠して、A子の追い詰められた心情(状況)という抽象性の高い表現を入れることができたように思いました。

『The Library』見たことないよ…という方はDVDが出ているので要チェック

『ハロルミ』と歌舞伎②衣裳

大道具を中心に話をしてきましたが、ゴミたち4人の白い衣裳も今回の舞台で驚いたことの1つです。

それは、ゴミたちのコスチュームであると同時に、”黒子”としての衣装でもあったからです。『TRASHTALK』のMVの事前公開もあり「あの衣裳=ゴミ」と刷り込まれていたので、舞台上で「見えないもの」というお約束である黒子の役割も担っていたことに「なるほど、上手いことするな」と思いました。

歌舞伎でも黒子を勤めるのはお弟子さんで、俳優が裏方的な役割をするという意味では『ハロルミ』と同じです。しかし、歌舞伎では黒子は徹底して「無」の存在で、物語中の登場人物と兼務することはまずありません。登場人物として出演する俳優が黒子的なことをすることもないので、当然衣裳も兼務できるような抽象性はありません。

このように、古典では「黒子」と「登場人物」の次元は厳格に分けられ、交わることは決してありませんが、シッキンはその境界を軽々と超えてきた!それを可能にしているのが、あの白い衣裳なのです。

このことが最も象徴的だったのが、A子の部屋にゴキブリが出るシーン。最初は「現実世界」のA子と「(A子には)見えないけど存在する次元」のゴミ(Oguri,kazuki)だったのが、ゴミOguriが段ボールを持ってきた時に「ざわざわ」と体を震わせる動きをした瞬間から、Oguriは”ゴミ”ではなく”空気”となってゴキブリを動かす「黒子」になります。そうでなければゴミOguriがゴキブリを持って走り回っていることになります。即物的に見ればそうなのですが、観客は決してゴミOguriがゴキブリを持っているとは見ない。現実世界の空間にゴキブリ”だけ”が出現したと理解します。

整理すると、舞台上の3人(2人と1体)は、それぞれ全く別の次元にいるのです。

・A子=現実世界
・kazuki(ゴミ)=現実世界の人には見えないけど「存在」する世界
・Oguri=無(現実世界のゴキブリを動かす黒子であり「存在していない」)

やってる方も見る方も特に意識することなく、この3つの次元の違いを共有しているけど、これって結構すごいと思う!!舞台芸術ならではの都合のいい理解の仕方というか、即物的には三者は全員舞台上に存在しているし、Oguriの衣裳はなんら変化していないのに、瞬時にその構造の差を理解できるように表現するし、観る方もそう解釈します。やる方と観る方の信頼関係で成り立っている実は高度な構造だと感じました。

よもつ
よもつ

ちなみに歌舞伎では「黒子」は黒づくめだけじゃなく、雪景色の場合は「雪子(ゆきご)」といって全身白、海などの景色の場合は「水子(みずご)」で全身青と、一番溶け込む(目立たない)色の衣裳を着ます。

ちなみにこの「白」色が「無」を表すのに適していることを考えるのに、デザイナーの原研哉氏による『白』という本が同様のことを書いています。

おまけ:「I’ll be there」と歌舞伎

『ハロルミ』と歌舞伎について語ったついでに、そういえば「I’ll be there」のMVでも「歌舞伎の引き抜きっぽいなぁ」と思ったシーンがあったので、紹介します。

2:37でBODY ROCKの衣裳からレッスンの時のTシャツ姿になるシーン、一瞬にして衣裳が変わり、また脱いだ衣裳が後ろに残る感じも含めて「引き抜きっぽい」。

久しぶりに見たけど目に染みるほど良い曲&MVだな…。

歌舞伎の「引き抜き」が登場する作品でも、特に有名なのが『京鹿子娘道成寺』。本作では主演の女形の俳優がいろんな踊りを踊る中で、衣裳も次々変わります。

この動画の10秒当たりで「引き抜き」が出てきます。シッキンがMVで映像の力でやっている効果を、歌舞伎では数百年前にめちゃくちゃアナログな手法でやっているというのが、どちらが優れてるとかではなく、面白い!

ちなみにこの動画の『二人道成寺』とは、本来一人で踊る『娘道成寺』を2人で踊るという趣向で上演した特殊な回です。こうした本来1人で踊るものを2人で踊るという趣向は歌舞伎ではしばしばあり、ベテランと若手の俳優が二人で踊ることで芸の継承につなげるといった意味合いもあります。

さいごに

今回歌舞伎にもみられる手法が『ハロルミ』にも随所に使われいるということが、個人的にかなり興味を引いたポイントだったので、歌舞伎の紹介もかねてまとめてみました。これによって『ハロルミ』の魅力や本質を説明したことにはなりませんし、『ハロルミ』が直接歌舞伎と通じるとか、シッキンのクリエイティビティ(オリジナリティ)を否定するようなことを言いたい訳ではありません。

むしろそうした既にある手法をどう組み合わせ、取り入れるかということに彼らの舞台のオリジナリティがあり、またそうした手法を取り入れたことを考えることは、『HELLO ROOMIES!!!』という舞台が、彼らにとってどのような意義があるのか、この舞台でのチャレンジがどういうものなのかを考える上で多少のヒントにはなるのでは…と思った次第です。

今のシッキンのパフォーマンスも最高に好きだけど、個人的にはさらに「古典」の手法やセオリーを知っていただき、それをまた彼らの武器の1つに(なるのであれば)なった時にどんなパフォーマンスが見られるのかなーと、一ファンとして期待するところなのです。

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